きょうはゲバラの生誕日。もし生きていれば89歳です。今年は没後50周年で日本とキューバの合作映画が公開予定ということもあってか、最近ゲバラに対する関心が高まっているのではないかと感じています。忙しくてなかなか最近は書いたり訳したり出来ていませんが、昨夜、私が一番好きなドキュメンタリーChe un hombre nuevoを観ていました。下記はその予告動画ですが、ゲバラの貴重な記録映像を楽しめます。

Las particularidades de nuestra estructura étnica, social y cultural se trasplantan a nuestra forma de hacer y de construir la nueva sociedad.
「われわれの民族性、社会や文化が、独自の手法で導入され、新しい社会が建設される。」



最初のインタビューはリサ・ハワード氏によるもの。

いままではこのドキュメンタリーで一部しか観ることが出来ませんでしたが、今年になってその大部分が公開されました。先日FBページでも宣伝しましたが、下北沢のレストラン ボデギータでキューバ倶楽部様によるイベントがきょうの19:30 - 22:15に開催されますが、このインタビューを題材にトークが行われるそうです。私も是非行ってみたいのですが、残念ながら遠方と仕事の兼ね合いで今回は断念。


次の演説はウルグアイのプンタ・デル・エステで開催された、米州機構の会議で、ケネディが提唱した対キューバ構想の「進歩のための同盟」に対して行われたもの。以前、FBなどにも掲載しましたが、動画はユネスコ世界記憶遺産のページから閲覧可能です。

No podemos dejar de exportar ejemplo, como quieren los Estados Unidos, porque el ejemplo es algo espiritual que traspasa fronteras.


2016.02.21 国境を超えて報道されたゲバラの映像~NHK新・映像の世紀~


最後の朗読は「キューバにおける社会主義と人民」よりの引用。

Nuestros revolucionarios de vanguardia tienen que idealizar ese amor a los pueblos, a las causas más sagradas y hacerlo único, indivisible.
人民の先頭に立つわれわれ革命家(前衛)は、人民に対する愛、大義に対する愛を理想化し、それを唯一、不可分のものにしなければならない。



ヒトを導く立場である者は、としに冷徹な判断も迫られる。革命家でありながらゲバラが今日においても愛され続けているのは、彼の感受性、人間味豊かな点にあるのではないか思います。



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早朝、サンティアゴ・デ・クーバの冬空に鳴り響く弔砲と葬送ラッパ。
先月25日に逝去されたカストロさんの御遺灰が、国に殉じた他の同志が眠るサンタ・イフィヘニア墓地に納められ、墓石の前で葬儀が執り行われました。カストロさんが切に願われていたのは、これまでキューバ国民が築き上げて来た革命の功績が次世代へ確かに受け継がれていくこと。2000年のメーデーでホセ・マルティのモニュメントの前で演説された革命の綱領は、キューバ革命の核としてモニュメントに記されました。

「革命とは歴史的な瞬間の認識を持つことである。変革すべき、あらゆるものの変革。完全な平等と自由。各々が互いにヒトとして尊重すること。私たち自身の手で自由を実現すること。国家や社会を牛耳る国内外の強権に立ち向かうこと。あらゆる犠牲を払ってでも護るに値すると信じられるもの。慎み深さ、無私無欲、利他主義、連帯、英雄的精神。勇気と、知性、リアリズムをもって闘うこと。決して道義を破り欺かないこと。真実と思想を打ち破り得る力は世界中に存在しないと確信すること。」
「革命とは団結であり、独立であり、公正なキューバや世界を志向する理想のために闘うことである。それはわが国の愛国心や、社会主義、国際主義の礎である。」

キューバでは革命の綱領がポスターに箇条書き形式で印字されていますが、いずれもキューバ革命の歴史がそれを裏付け、何よりご自身が体現されて来られたカストロさん。いま改めて演説の動画を観ていると特に「決して道義を破り欺かないこと」が強調されているように感じられました。カストロさんは様々な観点から評価されていますが、私が特筆に値するものをあえてひとつ挙げるとすれば「義を貫かれた」こと。国民に優しいカストロさんですが、ヒトの道に反する行為に対しては厳しく当たられました。カストロさんは演説などで、モラル(道義)について何度も述べられて来られました。超大国の覇権と対峙しながらも、これまでキューバが革命政権を存続できたのは、キューバが国内外に示してきたモラルが国民や国際社会から支持されて来たことによるところが大きいことに違いありません。

喪服期間中、在日キューバ大使館には、外相をはじめ、わが国の政権幹部、一部の例外を除く各政党の代表が弔意を示すために訪問しました。民から長年愛され、支持されて来られたカストロさんに対する畏敬の念はどの政治家も持っているのでしょう。著名人だけでなく多くの一般人も大使館を訪れ弔問記帳をされました。


私も先週、大使館にカストロさんへの感謝の気持ちを込めて、メセージと共にユリの花を贈りました。モラルを大切にする国、キューバに興味を持ったきかっけはカストロさんの演説を聴いたときのこと。行き過ぎた個人主義がはびこる今日において、人として生きる上で最も大切なことを教えて頂きました。 私は社会主義に傾倒しているわけではありませんが、カストロさんが示して来られた道義に適うような人生を送れればと思います。
 帰宅後、NHKのニュースウォッチにチャンネルを合わせると首相がハバナで記者会見を行いその中継映像が映っていて驚いた。キューバ側のメディアは積極的に今回の安倍首相の訪問を報じてはいないが、国内メディアはいち早くカストロさんと安倍首相の会談の様子を伝えた。

 興味深いのはこの会談で、主に安全保障について話されたことだ。NHKによると、

北朝鮮が核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返していることなどをめぐって意見を交わされた(...)安倍総理大臣は「1995年と2003年のカストロ前議長の訪日によって、2国間関係は大きく進展した。2003年の訪日で、前議長が広島を訪問して被爆の実相に触れ、『人類はこのような経験を二度と繰り返してはいけない』と記帳したことは、日本国民に深い感銘を与え、国際社会への強いメッセージとなった」と述べました。
これに対し、カストロ前議長は「日本がさまざまな分野で努力を重ね、世界に貢献していることに感銘を受けている」と述べました。

という。
 
 日本側の意図は明確だ。経済援助と引き換えに、北朝鮮の核兵器開発をやめさせるようキューバに協力を求めることに会談の目的があったようだが、これはなかなかキューバの真価を見極めた外交戦略ではないかと感じた。
 キューバは核戦争の危機が勃発した国で、その後カストロさんは長年にわたって核兵器廃絶を国際舞台の場で訴えかけられて来られた。それだけに、北朝鮮の核問題の対処を視野に入れた核廃絶についての対談し核兵器廃絶の想いで両国が一致したことが、メディアによって対外的に発信されることは、わが国の安全保障において一定の効力があるのではないだろうか。
 また、国境を接する中国を通じた対話と違い、地理的に遠いキューバとのパイプは、交渉の窓口としては理想的ではないかと思う。

 一点気になるのは、首相がカストロさんが広島で記された「平和のメッセージ」を次のように引用された点だ。NHKによると

『人類はこのような経験を二度と繰り返してはいけない』


と引用されたそうだが、原文は「“Que jamás vuelva a ocurrir semejante barbarie” このような蛮行は二度と起こしてはいけません。」である。semejante barbarie(このような蛮行)が「経験」と訳されていますがこれは合衆国への配慮からだろうか。

 以前の記事で書きましたが、カストロさんはオバマ大統領が広島を訪問された際、謝罪しなかったことを非難された。早期戦争終結に広島への核兵器使用は必要であったというのが合衆国の言い分ではあるが、広島への原爆投下は冷戦構造を作るための見せしめであったことは明らかだ。しかしながら、合衆国の蛮行を非難できないのがわが国の実情である。それが今回の引用文で如実に表れている様に感じられた。
2016.08.13 カストロさん、誕生日の手記で核兵器の脅威を訴えられる~卒寿祝いに90メートルの葉巻~
 NHK国際放送のオンデマンドは日本文化を英語で発信する際のヒントになるので、最近よく観ているのですが動画一覧にゲバラの写真があると目につきますね。NHKスペシャル新・映像の世紀 第5集 「若者の反乱が世界に連鎖した」は日本語版で既に観た内容ですが英語で視聴してみると新しい発見がありました。

 16:40辺りから合衆国の大学生がボランティアしに革命後のキューバへ行ってゲバラと会話してる映像があります。彼らは要職に就いているゲバラが、労働者と同じように汗水流して現場で働いている姿に刺激を受けたという。


 続いて”アメリカの学生の書簡”という形で紹介されている箇所があるのですが、興味深い内容なので書き取ってみると原文にたどり着くことができました。
“after the guerrilla forces defeated the Batista army and took political power, I was in college in California reading Fidel Castro speeches and Che Guevara essays, as were millions of other youths(…) sharing all resources and wealth, eradictating poverty and hateful racism. Dashing personalities at the helm delivering inspirational speeches and poetic essays, stimulating energy and bonding brothers and sisters, lovers and comrades all. Echoes resounding the world over…”
書簡の主はロン・ライデンアワー氏。ベトナム戦争の帰還兵で、隠蔽されていたソンミ村虐殺事件を明るみに出すのに尽力されました。朗読箇所にある様に、ライデンアワー氏は他の何百万もの若者と同様に、カストロさんの演説やゲバラのエッセイに影響され、インスピレーションやエネルギーをそこから得たという。
 ライデンアワー氏についてはオリバー・ストーンの著書で知りましたが、キューバ革命に影響を受けられたというのは興味深いですね。不正を許さない強い心が勇気ある行動に駆り立てたのだと思うと、ゲバラなき後も彼の精神は活かされたのだと感じられました。
 
 先日、キューバの葉巻をこよなく愛されている方から、刊行されている雑誌「Légende レジャンド」をいただきました。 特集記事「世界最高のハバナ・シガー、コイーバ祝50周年!」ではカストロさんと深い関わりのあるこの葉巻の誕生話や世界中の葉巻愛好家が最高の葉巻を求めて集うハバノス・フェスティバルについて記されています。
 2002年に開催された第4回ハバノス・フェスティバルの最終日に催されたガラディナーとヒュミドール・オークションに参加されたカストロさんの写真が掲載されており、葉巻を嗜まない私にとっても興味深い内容です。このオークションの様子はAP通信のアーカイブ動画で観ることが出来ます。

 葉巻を保存するために使用されるヒュミドールにサインをされるカストロさんや、映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』で日本でも名が知られているコンパイ・セグンドさんがステージに立たれ、葉巻愛好家の祭りがフィナーレを迎える様子がアーカイブ動画で記録されています。世界中で名が知られている2人が出席されている記録映像からは、葉巻がキューバにとっていかに重要な産業であるかが伝わってきますね。

葉巻はゲバラやカストロさんのトレードマークですが、それ以上の存在であることを知ったのが合衆国の葉巻雑誌Cigar Aficionado(シガー・アフィショナード)のカストロさんへのインタビュー記事。いただいた雑誌「Légende レジャンド」に掲載されていた写真に、この取材記事が掲載されている「シガー・アフィショナード」の表紙があるのですが、コイーバと共にカストロさんが笑顔で写られています。

 「シガー・アフィショナード」のホームページで、この取材記事を閲覧することが出来ます。インタビューが行われたのは94年、ソ連崩壊後、合衆国がここぞとばかりに経済封鎖を強化し、キューバが物資不足の苦境に陥っていた時代。

 取材をされたマーヴィン・シャンケン氏の夢はコイーバが生産されているキューバ西部のブエルタ・アバホを訪問することと、カストロさんと葉巻について語ること。取材前にいよいよ2つ目の夢が叶おうとしている当時の興奮が冒頭で記されています。シャンケン氏の雑誌を愛読されているカストロさんですが、葉巻の話題について嬉々と語られた様子が記事の文面から伝わってきます。カストロさん自身は取材された当時からさかのぼること8年前に禁煙されていたのですが、、禁煙を始められた正確な日付まで覚えられていたという。

初めて葉巻を嗜まれたのは15歳のときで、禁煙された59歳までの44年間、葉巻はカストロさんと共にあった。海外の記者を迎えた取材会見等の写真では、カストロさんの手には、いつでも葉巻がありました。CIAはカストロさんの葉巻に爆薬を仕掛け暗殺を謀ったほどです。カストロさんが喫煙を止められたのは、暗殺から逃れるためではなく、キューバの禁煙運動の一貫で模範を示すため。当初は自身の健康の為ではなく、副流煙が周りにいる人の健康を害さないようにとの配慮から禁煙を始められたようです。ゲバラと同様、葉巻のイメージが強いカストロさんですが禁煙された時期は85年と意外と早く、その動機も意外なものでした。 


 インタビューでゲバラとの葉巻の思い出についての質問で、彼はアルゼンチンのアサードど同じぐらい葉巻を嗜んだと応えられています。
 
 シエラ・マエストラでゲリラ戦を指揮されていたとき、葉巻が乏しくなったときは胸ポケットに一本だけ残し、報告を聞かれるときに吸われたという。吉報なら葉巻で祝い、凶報なら葉巻が慰めになったそうです。 シャンケン氏の取材は94年に行われましたが、もしクリントン大統領と会われることがあれば、両国の友好のシンボルとして一緒に葉巻を吸われますか?という問いに対しては、かつてシエラ・マエストラで祝ったように、葉巻で両国の友好を祝福したいと応えられました。ただし、世界保健機関(WHO)に示してきた禁煙運動の示しは損ないたくないと。

 むかしと違って喫煙者への目線が厳しくなってきているのが時代の流れ。 シャンケン氏によると、ビル・クリントンの奥さんのヒラリー・クリントンは当時、ホワイト・ハウスでの喫煙を禁止したという。・クリントン大統領はやむを得ず葉巻を噛んでいるだけだと。これを聞いてカストロさんは、ホワイトハウスでの両国首脳間の葉巻での平和の契りを諦められました。

 対キューバ経済封鎖はシャンケン氏のような合衆国の葉巻愛好家にとっては大きな障壁となっていますが、両国が国交正常化へ歩み始めた今日においても続いています。次期大統領として最も有力というより確実なヒラリー・クリントンは、喫煙者に対し寛容でないことは確かですが、この問題に対しどう取り組むか注目されます。
 
 コイーバが1966年に誕生して50年を迎えた今年。来年はゲバラ没後50周年を迎えます。半世紀という歳月が経っても、ゲバラが世界中の人々から愛されているように、コイーバも根強い人気を誇っているようです。 



73年に北ベトナムを訪問された際、ライフルを手にしながら葉巻を楽しまれているカストロさん。外遊先でもコイーバは欠かせない。