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TV番組で感動の登山を拝見したので、今日はちょっとゲバラ登山について書こうと思う。
イモトさんの海外での挑戦は時々TVで拝見しているんですが、今回の登頂は感動させられました。

イモト「イッテQ!」で南米大陸最高峰の登頂へ挑む
http://natalie.mu/owarai/news/64708
世界最高峰・エベレストの頂上を夢見て修行を積んでいるイモトアヤコの「イッテQ!登山部」。今回は南アメリカ大陸にそびえるアンデス山脈の最高峰、標高6962mのアコンカグアを目指す。



山頂の直前でviento blanco (ビエント・ブランコ)っていう吹雪に見舞われる危険があったので、断念された時、悔し涙を流されたんですが、つられて泣きそうになりました。登山ってやったことないんですが、TV観てるだけでその辛さが伝わってきます。と同時に、登頂した時の達成感は計り知れないものなんだろうなと感じました。

大きな地図で見る
このアコンカグアはゲバラの故郷アルゼンチンとチリの国境に位置するんですね。標高 6,962 m。。。
登山に感動したついでに、ゲバラがメキシコに滞在していた際行った登山について紹介しようと思う。
popo.jpg

↑の写真はメキシコのポポカテペドルという5,426 mの険しい山をゲバラが登頂している時のもの。掲載したスクリプトはゲバラが書いた日記で、詳しくは↓のゲバラ伝のメキシコの章に詳しく書かれている。僕は原書から訳してみました。

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↑では、カッコよくプロの方が意訳されています。

僕たちは、身体中
ヒロイズムにあふれていたが、
頂上にたどりつけなかった。
訓練で死ぬ覚悟はできていた。

(チェ・ゲバラ―フォト・バイオグラフィ(2003/11)62ページより)



僕が訳すと以下のようになった。
"hicimos derroche de heroísmo sin poder llegar a la cima, yo estaba dispuesto a dejar los huesos para llegar, pero un cubano que es mi compañero de ascensiones me asustó porque tenía los pies helados y tuvimos que bajar los cinco".
僕たちは頂上までたどりつけず、ヒロイズムを浪費した。僕は登頂のために骨を埋める覚悟だった。しかし、一人のキューバ人の同志の足が凍えていたことにびっくりし、僕たち5名は下山する羽目になった。

訳はともあれ、ゲバラがゲリラ訓練に対して本気で挑んでいたことが読み取れる。登山は一人でもヘコたれると、一緒に登山をしているひとまで道連れになり、下手をすれば共に命を落とすことになる。そういう意味では、軍事訓練にうってつけなんですね。

↓の動画はカストロさんの証言。
ゲバラについて、2003年、アルゼンチンのブエノスアイレス大学の法学部で演説したときの言葉より。
http://youtu.be/eHIXo62ctVI?t=1m26s←ここからポポ山の話に

Pero les voy a decir una de las características del Che
しかしあなた方にこれからお話しするのは、チェの性格の一部、
y una de las que yo más apreciaba, entre las muchas que apreciaba mucho:
私が高く買っていた彼の性格は数多くありましたが、その中の一部です。
él todos los fines de semana trataba de subir el Popocatépetl, un volcán que está en las inmediaciones de la capital.Preparaba su equipo ―es alta la montaña, es de nieves perpetuas―,iniciaba el ascenso, hacía un enorme esfuerzo y no llegaba a la cima. El asma obstaculizaba sus intentos.
彼は毎週末、首都の郊外にある火山、ポポカテペトル山に登ろうとしていました。彼は装備を固めてから上りはじめました―山は高くて、万年雪に覆われているほどのところでしたから―大変な努力をしていましたが、頂上にたどりつくことは出来ませんでした。ひどいぜん息が邪魔をしたのでした。
A la semana siguiente intentaba de nuevo subir el "Popo" ―como le decía él― y no llegaba;pero volvía a intentar de nuevo subir,y se habría pasado toda la vida intentando subir el Popocatépetl, aunque nunca alcanzara aquella cumbre (Aplausos y exclamaciones).
彼は次の週もまた、「ポポ」に ―彼はその山をそう呼んでいましたが、―登ろうとしてかないませんでした。それでもまた登ろうとしました。このままいけば、例え頂上に到達しなくても、一生ポポカテペトル登山を試み続けかねないほどでした。
Da idea de la voluntad, de la fortaleza espiritual, de su constancia, una de esas características.
このことが彼の意思、精神的強さ、粘り強さがいかばかりであったかを、彼の性格の一部がどんなものであったかを教えてくれます。


ぜんそくを患ったゲバラや、女性のイモト氏が険しい山を登られているのに、僕は登れる気がしません。。。。w
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たまたまLa Pastera Museo del Cheという、アルゼンチンのゲバラ博物館を運営しているHPで、日本の新聞記事が掲載されているのを発見した。
la pastera
発見してからずいぶん日にちが経ちましたが、まだ記事は健在のようです。
http://www.lapastera.org.ar/spip.php?article636
スペイン語で紹介されていますが、↑のページ内のPDFから閲覧可能。
先週の朝日新聞の夕刊で、「アルゼンチンゲバラ」という全4回の連載があった。ゲバラの祖国では軍事独裁政権化では、ゲバラの単語を放つ事すら出来なかったという厳しい状況が続いていたことを伝えていた。今は左派政権に変わり、アルゼンチン中でゲバラの再評価が進んでいる。連載の中でも興味深かったのは、ゲバラ兄弟の末っ子のマルティンさんが中心となって、Caminos del Che(チェの道)というプロジェクトを進められている事だ。このことはまた別の記事で触れようと思う。今日は、朝日の夕刊の連載に倣って「アルゼンチン人としてのゲバラ」というテーマで記事を書こうと思う。
アルヘンチーナゲバラ


キューバ革命を勝利に導いたゲバラは、革命政府の特別措置によってアルゼンチン人でありながらキューバ国籍を取得した。だからチェ・ゲバラはキューバ人のイメージが強い。しかし、エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナの第一の故郷はアルゼンチンなのだ。

といっても、国連総会など国際舞台で演説する機会があったチェ・ゲバラは、他国の代表からキューバ人として見られていたに違いない。国連の壇上に立つ以上、国家の看板を背負っていし、ゲバラもその事は勿論、承知していただろう。それでも、ラテンアメリカが一致団結する事を志向していたゲバラを、国籍などで縛られるはずもなかった。そのことを象徴しているひとコマが、以下で紹介する演説だ。

↑これは一回目の演説で、先の記事で紹介した。
2010.08.23 チェ・ゲバラ 国連での帝国主義に対する非難

この一回目の演説に対して、他国の代表がケチをつけたんですが、今日、紹介するのはそれに対するゲバラの反論。

↑この動画も僕の自作動画だと思われる方もいるかもしれないが、これはこないだ偶然見つけた動画。ちょっと日本語字幕が翻訳機械使ったようで残念ですが、全文聞けるのが嬉しいっすね!
以下で、聞いていく箇所は6分過ぎたぐらいから。訳文はいつもどおり、意訳で、末尾に原文リンクを掲載しておきます。

Con respecto a Nicaragua queríamos decir a su representante, aunque no entendí bien con exactitud toda su argumentación en cuanto a los acentos -creo que se refirió a Cuba, a Argentina y quizás también a la Unión Soviética- espero en todo caso que el representante de Nicaragua no haya encontrado acento norteamericano en mi alocución porque eso sí que sería peligroso.
ニカラグワ代表にお答えしたい。だが、私は彼の主張を正確には理解できなかった。彼が言及した私の訛りとは、恐らくキューバアルゼンチン、あるいはソビエト連合の事であろうが、いまひとつ分からない。いずれにせよ、彼が私の演説の中に、北アメリカの訛りを見出さなかった事を願いたいものだ。まったくもって、そんなことであるなら、危険な事態になるからだ。

Efectivamente, puede ser que en el acento y que utilizara al hablar se escapara algo de la Argentina. He nacido en la Argentina; no es un secreto para nadie. Soy cubano y también soy argentino y, si no se ofenden las ilustrísimas señorías de Latinoamérica, me siento tan patriota de Latinoamérica, de cualquier país de Latinoamérica, como el que más y, en el momento en que fuera necesario, estaría dispuesto a entregar mi vida por la liberación de cualquiera de los países de Latinoamérica, sin pedirle nada a nadie, sin exigir nada, sin explotar a nadie.
たしかに、私にはアルゼンチン訛りがあるのかもしれない。私はアルゼンチン生まれだし、そのことは誰にも内緒にしていない。私はキューバ人であり、アルゼンチン人でもあるのだ。もしこういって、ラテンアメリカの高貴な方々の気に障らないなら、私はラテンアメリカ中の国々の愛国者だと感じている。もし必要な時になれば、私は誰に何を求める事もなく、何かを迫る事もなく、誰かを搾取することなく、ラテンアメリカ中の国々のために自らの命を投じる覚悟である。



これぞインターナショナリズム!どうやらニカラグワ代表にゲバラのアルゼンチン訛りに対して、ケチをつけられたらしい。それに対してゲバラが誠実な姿勢で対応したのが、上記の箇所。ラテンアメリカはブラジル以外、スペイン語を話すから一致団結しやすい。共有している価値観も、ぼくらアジア人から観れば似通っている。ゲバラは無意味な国境線を越えて、ラテンアメリカでまかり通っている不正に対して立ち向かってるんだけど、そこへ訛りを持ち出してケチをつけてくる人がいるんですね。。。

ゲバラが掲げた国際主義は、キューバ全体が共有している価値観でもある。そのことは、上記の演説に続く以下の演説から読み取れる。

Y así en esa disposición de ánimo, no está solamente este representante transitorio ante esta Asamblea. El pueblo de Cuba entero está con esa disposición. El pueblo de Cuba entero vibra cada vez que se comete una injusticia, no solamente en América, sino en el mundo entro. Nosotros podemos decir lo que tantas veces hemos dicho del apotegma maravilloso de Martí, de que ”todo hombre verdadero debe sentir en la mejilla el golpe dado a cualquier mejilla de hombre”. Eso, el pueblo entero de Cuba, lo siente así, señores representantes.
このことについては、この国連総会に臨んでいる臨時代表である私だけの意思表示ではない。キューバ人民全体の意思である。キューバ人民は皆、アメリカにとどまらず、世界中で不正が起こるたびに、震え上がるのである。我々が何度も引用してきたマルティの名言を紹介しよう。”誠実な人間であれば誰であっても、他の誰かが頬を殴られた痛みを、自分の頬に感じ取るに違いない”。キューバ人民はみんな、このように感じ取るのです、代表の皆さん。



原文全文は下記のページに掲載されています。
Intervención en la Asamblea General de las Naciones Unidas en uso del derecho de replica. 11 de diciembre de 1964
http://www.eln-voces.com/webanterior/Pensamiento/Che/Index.html



今日はマラドーナ監督の50歳のお誕生日。
Maradona cumple 50 años en el olimpo de los mitos
彼はWカップでもそうだったが、ここ数日、喜怒哀楽が激しい。
相変わらず表情豊かな方ですね。
maradonafeliz.jpg

こないだWカップで注目を浴びた占い師のタコのパウル君が亡くなった時に、
ツイッター上で次のように書き込んでいたのは記憶に新しい。
"Estoy feliz de que te hayas ido "Psycho Pulpo”.
Por tu culpa perdimos la Copa del Mundo"
「おれはお前が逝っちまって嬉しいよ、占いダコ野郎。
俺たちがW杯で負けたのはお前のせいだからな」

マラドーナは母国アルゼンチンを率いてW杯に挑んだが、準々決勝でドイツに0-4の敗戦。試合前にパウル君がドイツ勝利を予想した。あのときの恨みをまだ根に持っていたwwwメシウマ状態のマラドーナさん

そんなマラドーナさんも、先の記事で書いたが、ネストル・キルチネル前大統領の急死のニュースにかなり悲しまれた。
Maradona y otros ídolos del deporte argentino lamentan muerte de Kirchner
diego-armando-maradona-press.jpg
ネストルさんは政治家としてだけでなく、スポーツ界との交流も深かったらしく、マラドーナさんとは、個人的にも良好な関係を築いていたらしい。アルゼンチン国民として、友人として、ショックが大きかったのだろう。
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マラドーナさんの政治的立場は複雑だと、前に何かの本で読んだことがある。
ゲバラのタトゥーをしているがあまり深い意味はないのだろう。
maradona-che.jpg
カストロさんとも仲が良く、療養中のときはキューバにお世話になっていたらしい。
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そういや、ジャケットをプレゼントされたとき、かなりカストロさんに懐かれていましたねw


僕は感情をそのまま、表情に出されるマラドーナさんはとても好きなのでこれからも頑張って欲しいっすね!

昨日、27日に亡くなられたアルゼンチンのネストル・キルチネル前大統領の葬列が組まれた。
妻のクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル現大統領や家族に付き添われ、棺が運ばれ、最後の別れをしようと、この沿道には多くの市民が集まった。
アルゼンチンのLa Nacion
Despidieron los restos de Néstor Kirchner en el cementerio de Río Gallegos
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Gracias Nestor Mi Presidente de la Esperanza
ありがとう、私の希望である、ネストル大統領

僕はあまりアルゼンチンの政治は詳しくないが、ここまで熱烈に国民から支持されたのはペロン以来なのかな?
国際社会で陰口を叩かれようと、国民から愛される大統領が一番カッコイイし、尊敬できますね。
国のトップはどこぞの大国に頭を下げるのではなく毅然と構え、国民を第一に考えることが大事だと思う。
¡Gracias, Néstor! ¡Fuerza, Cristina!
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ラテンアメリカ大陸の地図に北からキューバのカストロさん、エクアドルのコレア大統領、ベネズエラのチャベス大統領、ボリビアのエボ・モラレス大統領、そしてアルゼンチンクリスティーナ・キルチネル現大統領の写真が掲げられている。
いずれも、各々の国で国民から絶大な支持を受け愛されている人たち。この人たちがラテンアメリカにいる限り、南米の未来は明るいっすね!彼らは人民の希望の星っすね
こないだラテン・ビート映画祭で見逃した、オリバーストーン監督の映画、「国境の南」South of the Borderでも彼らが出演している。
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今回のネストル・キルチネル前大統領の急死が与えたショックはアルゼンチン国内だけでなく、ラテンアメリカ全体でも非常に大きい。CubaDebateでも大々的に取り上げられている。
ネストルさんの急死は大きな打撃となったが、彼の精神はクリスティーナ婦人に継承され、アルゼンチンの国民の中で永遠に生き続けることだろう。
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