今日はクローズアップ現代で、将棋について取り上げられていた。
中国天才少女あらわる
 ~見直される“将棋”~

ボードゲームとはレトロですが、昔から長年愛され続けてきた将棋。余談ですが僕は、将棋はいまひとつ心得ていないが、西洋の将棋であるチェスは高校時代にかなりハマっていた。当時、ゲーマーだったンですが、奥が深いチェスの虜になりヤフーチェスで、よくオンライン大局をしたものです。大学に入ってから何故かすっかりしなくなりましたけど。。。

余談はさておき、チェスと将棋には大きな違いがある。まず、升目が将棋のほうが一回り大きいこと、そして、決定的なのが、奪った駒を将棋は使うことが出来る点だ。チェス愛好家だった僕は、この捕虜を戦場で使うようなルールがいまひとつ解せない。しかし、これは日本の文化と海外の文化を良い意味で表しているのだろうか。

チェスも将棋(将棋は詳しく知りませんが)も定跡がある。チェスだったら、中世ぐらいから研究されていて、始めの10手ぐらいまではだいたいプログラムされているようなものだ。ゲームが面白くなるのは中盤から後半戦。チェックメイトをするために数手先まで読んで、相手を打ちのめす策を考えるのが楽しいものだ。
相手の駒を意のままに動かし、チェックメイトしたときの快感はハマったものにしか分からないだろう。

将棋にしてもチェスにしても、先を読む力が身につくという点で共通していると思う。
これは、今の日本のリーダー層に身につけてほしい能力だ。今回の原発騒動も想定外という言葉で片付けるお粗末さ。国の将来を担うリーダーは、責任を持って先を読み、一国を導いていかなければならない。

ところで、リーダーでチェス好きといえばゲバラが想起されるw
ゲバラは、大のチェス好きで子供のころから遊んでいた。革命後一段楽した後は、再びチェスへの情熱が再来し、キューバ危機の最中でもチェスをしていたと記録に残っているほどですwゲバラとチェスについては、また気が向いたときにじっくり語っていきたいところです。
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上記にも書いたが、チェスでは先を読む力が培われる。だからチェスの能力を仕事に生かすビジネス書があるくらいだ。ここで少し考えたいのが、ゲバラのコマンダンテとしての並外れた資質は、チェスを嗜むことによって培われた側面があるのではないかということ。

勿論、ゲリラ戦は机上のゲームではないし、綺麗にチェックメイトして終わるものでもない。しかし、チェスの先を読む力をは、展開されるゲリラ戦を先読みし指揮下のゲリラ兵を敵地適所に配置することに応用できる。チェスの定跡はゲリラ戦では先のスペイン内戦で経験豊富なアルベルト・バーヨ大佐に教えてもらった、ゲリラ戦術に該当する。だが、中盤以降のチェスのゲームでは常に想定外のことが起こるように、実際のゲリラ戦でもさまざまな予期せぬ厄介ごとが起こっていた。それでもコマンダンテ・チェ・ゲバラは、様々な武器を創意工夫したり、工場を作ったり、また独自のゲリラ理論を構築することによって、想定外を克服したのだ。これらのセンスは正に、先読みの能力が成しえる業だと思う。
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フィデルもまたチェスが大好き。
今回は荒っぽく書いたが、ゲバラのパーソナリティを分析する試みの一環で、じっくり見ていこうと思う。(時間が許せばですが


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アマゾンの書評などが厳しかったので面白くないのかと思っていたが、予想以上に楽しく読めたw
著者のデイヴィッド・L. ロビンズDavid L. Robbinsさんは歴史モノの小説を今まで書かれてきたようだが、前作はルーズベルトの暗殺計画を題材に書かれたようだ。まだ読んでないのでまた暇があったら読んでみようと思う。

カストロ謀殺指令〈上〉 (新潮文庫)カストロ謀殺指令〈上〉 (新潮文庫)
(2010/04/24)
デイヴィッド・L. ロビンズ

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カストロの暗殺計画といえば600回以上に及ぶCIAの暗殺未遂を思い起こされる。アンクルサムにとって日増しに目障りになっていたカストロだが、この作品はケネディ大統領政権下にCIAが亡命キューバ人という駒をキューバのヒロン海岸に侵攻させたピッグス湾侵略事件が間近に迫った時期が舞台だ。この卑劣なヤンキーの侵攻の前にカストロを殺しておけば亡命キューバ人の侵略が上手くいくだろうと考えたCIAは様々な汚い手段を用いて暗殺を試みた。
しかしこの作品の面白い点はCIAだけでなく、冷戦下のもう一つの大国の諜報機関が登場する辺りだろうか。ネタバレになるのでこれ以上のことはここでは書かないが、史実などは巻末の脚注で解説されている点もありがたい。

カストロ謀殺指令〈下〉 (新潮文庫)カストロ謀殺指令〈下〉 (新潮文庫)
(2010/04/24)
デイヴィッド・L. ロビンズ

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冒頭で主人公のラメック教授がカストロの演説を聴くシーンがある
これは1961年5月13日に実際に行われたカストロの演説。1957年3月に大統領官邸を襲撃してバティスタを殺害し、権力の奪取をはかるという大胆な計画を企てて軍隊に玉砕された革命の殉教者を悼む演説だった。この時の演説の全文はスペイン語だが、ネット上で見れるDISCURSO PRONUNCIADO POR EL COMANDANTE FIDEL CASTRO RUZ, PRIMER MINISTRO DEL GOBIERNO REVOLUCIONARIO, EN EL ACTO DE RECORDACION A LOS MARTIRES DEL ASALTO AL PALACIO PRESIDENCIAL EL 13 DE MARZO DE 1957, CELEBRADO EN LA ESCALINATA DE LA UNIVERSIDAD DE LA HABANA, EL 13 DE MARZO DE 1961.
ここでは原文を交えて小説で取り上げられた箇所を紹介したい

Estudiantes;
Trabajadores;
Ciudadanos todos:
学生、労働者、市民のみなさん
Fidel Castro Speaking_0016

Y ese hecho nos dijo mucho sobre el carácter de ese señor, y siempre aprovechando para regar detrás su insidiosa afirmación de que él quiere al pueblo, pero no quiere al Gobierno Revolucionario. Pues bien, sepa el señor Kennedy que el Gobierno es el pueblo (APLAUSOS y EXCLAMACIONES DE: “¡Fidel, Fidel!”);
「ケネディ大統領は機会を見つけては、革命政府ではなくキューバの民衆を愛してずる賢くいいつづけている。よろしい、だったら、セニョール・ケネディにわからせてやろう。
政府こそ民衆だと。」
群集が「フィデル、フィデル!」と叫んだ。カストロは完璧なタイミングで言葉を切ると、群衆が勢いづくのにまかせた。
sepa el señor Kennedy que él no puede separarnos del pueblo, como nosotros no podemos separarlo a él de los monopolios y de los millonarios (APLAUSOS);
「ケネディにわからせてやろう。われわれを民衆から引き離すことはできないと。
彼を独占企業と大富豪から引き離すことができないように」
またしても拍手喝采。
que pueblo y Gobierno Revolucionario es en Cuba hoy una sola cosa, como millonarios, usureros y Gobierno es hoy en Estados Unidos una sola cosa (APLAUSOS); que este no es Gobierno de casta enriquecida, que este no es Gobierno de ladrones, que este no es Gobierno de explotadores, que este no es Gobierno de politiqueros, que este no es Gobierno de espadones, ¡que este es un Gobierno del pueblo, por el pueblo y para el pueblo! (APLAUSOS); ¡la Revolución de los humildes, por los humildes y para los humildes! (APLAUSOS)
「こんにちのキューバでは民衆と革命政府はおなじものである。こんにちのアメリカでは大富豪と高利貸しと政府が一枚岩であるのと同じように」
「これは、金持ち階級が牛耳る政府でも、泥棒の政府でもない。搾取者の政府でも、けちな政治家の政府でも、高官の政府でもない。これは人民の、人民による人民のための政府なのだ。これは庶民の、庶民による、庶民のための革命なのだ!」
大衆郡は熱狂した。カストロは国民に轟きにつつまれて立っている。ラメックは残ったビールを掲げて称賛した。

カストロの演説は実際に聴いたことがある人は分かると思うが、まるで詩を読んでいるというか、演説の内容はともかく聴衆を圧倒させるだけのカリスマを感じさせられる。それはヒトラーのようなただ怒鳴るだけの演説でもない。このことは彼の友人である作家のガルシア・マルケスが詳しく解説しているのでまた別の記事で書くが、この小説の主人公のラメック教授も彼のカリスマに魅了される。
しかし言っている内容はケネディに対する非難で、ラメックにとっては祖国に対する侮辱でもあるのだ。


The Betrayal GameThe Betrayal Game
(2009/03/24)
David L. Robbins

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この本の原題はThe Betrayal Game。僕はカストロ謀殺指令よりこっちの題名の方が好きだ。この小説の内容を一言で表現するなら、冷戦下のThe Betrayal Gameと言い表せるだろう。言わばこの暗殺騒動はチェスゲームであって、CIAは何手先も先読みして巧妙に駒を指していく。アメリカ人、ソ連、キューバ人それぞれにとってカストロはどのような存在なのか?そのような視点でこの小説を読み進めていくと面白いだろう。
ピッグス湾事件とカストロ暗殺計画はケネディ政権の汚点で、陰の歴史なだけにあまり知られていないが、このあたりのいきさつやCIAの様々な汚い暗殺計画はCIAフリーマントル∥著 ; 新庄哲夫∥訳で詳しく解説されてるらしいのでまた機会があったら読んでみようと思う。
話は変わるが、この小説にはよく、ラム酒のSiete(七年もの)をラメックが飲むシーンがある。キューバと言えば砂糖、サトウキビつまりラム酒だ。ヘミングウェイもダイキリを愛飲していた。この小説を読む終えて無性にラム酒が飲みたくなってしまったw


昨日のCubadebateの興味深いカストロさんの台詞が載っていた
Fidel en Mesa Redonda de domingo: “Los yanquis están en Jaque Mate por más inteligentes que sean”
ヤンキーはチェックメイト以上に賢いゲームをするってところだろうか
確かにアンクルサムの手法は昔と比べてかなり巧妙になっている。あのイラク戦争も9.11で始まり今はアメリカ兵が撤退しているが、あの戦争の本質がなかなか見えてこないのだ。一世紀前、米西戦争のときにアメリカが介入したときは分かりやすい構図だったが、今日の世界情勢はあの時と比べ物にならないぐらい複雑なのだ。ヤンキーはチェックメイトして国際非難を浴びるより、もっと巧妙な汚い手法で世界秩序を築き上げようとしている。
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キューバ危機はそれこそチェスゲームだったのだろう。米ソの冷戦構造というチェス盤上で繰り広げられたゲームだった。ホワイトハウス(白)が先手にヒロシマに原爆を投下してソ連にの脅威を見せつけ、冷戦という馬鹿げた定跡を築き上げたのだ。冷戦はそれまでになかった駒の打ち方で、互いに駒を奪い合うリスクを避けることが出来るというメリットがある一方で、下手をすれば戦争という人類滅亡の危機に直面するという大きなリスクがあった。アメリカはNATOという駒を進め、ソ連はワルシャワ軍で迎え撃つ。オープニングゲームではベルリンで米ソの駒が対峙して睨みあった。実際のチェスのゲームでもよくあることだが、互いに打つ手が中々見出せずゲームは硬直化したのだ。しかし明らかに駒の数は白の方が多かったし、黒の陣営近くのトルコというマス目でジュピター型のミサイルが、まるでビショップのようにモスクワという黒のキングに睨みを効かせていた。黒は劣勢だった。
そんな情勢でクルシチョフという経験豊かで有能なチェスプレイヤーが、アメリカのケネディという若くまだまだ経験の浅い未熟なプレイヤーと対峙することになった。白はキューバというマス目が黒に狙われていると恐れ、ピッグス湾侵略やマングース作戦でCIAは亡命キューバ人の反カストロ派という駒を使ったが失敗して黒に駒を奪われる。この白のミスによってキューバというマス目は黒の陣営に入ることを宣言したことに注目してクルシチョフは冒険的な手を打つことにした。白のキングのすぐ近くのキューバというマス目にビショップを置くことにしたのだ。。。。この手は黒にとってもかなりリスクのある手だったが、黒はこのビショップで起死回生を狙い冷戦というチェスゲームで優位に立とうとした。
その後、キューバのマス目の周りでは、白がポーンなどで固めて黒が攻めて来られないように隔離線を設けたりもした。上空では、黒のビショップが攻撃を仕掛けてきたらいつでも駒を奪い返すために、弾頭を積んだ白の戦闘機がナイトのように動き回っていた。互いがなにか間違った手を打てば冷戦というチェスゲームは、戦争という局面を迎えるという危機に陥ったのだ。それがいわゆるキューバ危機だった。

とまぁ。。。。チェス風にキューバ危機を語ってみましたが、戦争では奪われる駒は軍人だけではなく、ゲームに関係ない一般大衆も含まれる。。。ケネディもクルシチョフも駒の奪い合いを望んでいなかったが、それぞれの陣営の駒はプレイヤーの意志に反して動こうとした。例えば白のカーティス・ルメイという人は、キューバを島ごと蒸発させるつもりでいた。彼は先の大戦で日本の東京を焼き尽くしたが、職業軍事らしく割り切って駒を打っていたのだ(勿論、ペンタゴンのみんながそうではないはずだが)いずれにしても彼はゲームの終盤で白の駒が2つあって黒の駒が1つ残ってさえいればいいと考えていたようだ。これが本当のチェスならありふれた展開だが、実際の戦争となると話は変ってくる。駒は人命であり、一度奪ってしまえば、取り返しがつかない。
結局、クルシチョフとケネディは互いに平和的な解決方法を見つけ、黒の白に対する譲歩もあってゲームは核戦争に突入せずに終えることが出来たのだ。しかし、二度と人類はこのような無謀なゲームを行ってはいけない。
この教訓を生かして今日まで核軍縮が行われてきた。