20世紀には多くの独裁者が現れたが、彼らの原動力となっていたものは、一体なんだろうか?
使命感か、国家の主権を護るという大儀か、あるいは国民に対する愛からか?はたまた権力欲からか?

ノーベル文学賞作家のバルガス=リョサは、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島のドミニカ共和国で30年以上独裁体制を築いてきたラファエル・トルヒーリョを、「チボの狂宴」という文学を通じて描いた。リョサはウラニアという架空の女性を登場させることにより、トルヒーリョという怪物を揺り動かしている原動力の一つは、性欲であることを示した。これはリョサが若いころから一貫して描き続けてきたテーマ、日経の書評の言葉を拝借すれば「人間の根本を動かしているのが性であり下半身の事情であるという主題」。去年読んだ、「楽園への道」では、リョサがゴーギャンを同じ主題から描かれていた。
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表紙の絵画は、アンブロージョ・ロレンツェッティが描いたフレスコ画「悪政の寓意」が用いられている。なんとも奇妙に見えるこの絵画は、「チボの狂宴(La Fiesta del Chivo)」にいかにも相応しいw。Chivoとはスペイン語辞書で引いたら、子ヤギの意と表示される。訳者解説によれば、山ヤギの意で、精力の強い動物である山ヤギはたくましい男性性の象徴とされることから、”チボ”には単なる「山ヤギ」だけでなく「手に負えない発情期の山ヤギ」という意味もある。好色で非道な暴君トルヒーリョにぴったちのあだ名だが、作中で描かれる独裁者は既に70代の老齢w「チボの狂宴」といタイトルはいろいろな解釈があるが、僕はドミニカで長年繰り広げられたトルヒーリョ時代の狂気が感じ取れる。絵画の中心の人物はトルヒーリョ、周りに金魚のフンのように付き添う側近、そして捧げられる子羊は架空の登場人物ウラニアを象徴しているようにも解釈できる...

「チボの狂宴」に捧げられたウラニアが過去のトラウマを秘め、90年代のドミニカへ帰国するのがこの小説の冒頭。各章は暴君の生贄となった複数の語り手の主観的視点からの描写から構成されている。語りの手法の巧みさは、ここで改めて指摘するまでもないが、読者は「緑の家」といった難解なリョサの著書と違い、すんなり500ページ超の、この小説を読破できると思う。

この小説の時代設定は、先にも記したウラニアの90年代後半(現代)と、トルヒーリョが暗殺された年の1961年で、この二つの時代が巧みに交錯する。今から50年前の5月30日に彼が暗殺される一日が、この小説で記されている。暴君トルヒーリョは、側近の裏切りや、風当たりの強い国際世論、そして何よりヤンキーの経済封鎖に悩まされていた。当時のカリブ海の情勢は非常に緊迫していたのは想像に難くない。ドミニカは隣国ハイチとの血の歴史がある。また、隣の島のキューバからは、カストロの支援を受けた亡命ドミニカ人ゲリラが、1960年6月14日に空からドミニカのコンスタンサ、次いで海からマイモンとエステロ・オンドへ侵入さた。政府軍と交戦して多数の死者が出たこの事件では、忠実な犬と思っていた家臣から裏切られ、トルヒーリョの疑念は強まっていた。また、一ヶ月前に起きたプラヤ・ヒロン侵攻事件では、キューバの次に侵攻の憂き目に遭うのはドミニカではないかと暴君に感じさせたことに違いない。

それでも、アメリカの海兵隊に鍛えられた頑強なトルヒーリョは一分たりとも無駄のないスケジュールをこなし、家臣を見事に操り、また巧みな手法で人身を手中に握り政権を堅持させていくさまが描かれている。そんな暴君トルヒーリョの至極の愉しみ、原動力が冒頭でも述べた、性欲であり、リョサはこの作品でラテンアメリカの作家らしく情熱を持って描き出しているw
以下は、そんな暴君の過激な台詞の原文。
«Esta noche, en la Casa de Caoba, haré chillar a una hembrita como hace veinte años». Le pareció que sus testículos entraban en ebullición y su verga empezaba a enderezarse”12章末より
また最終章では凄まじい狂宴が描かれている。以下はその一文
“Romper el coñito de una virgen excita a los hombres”
なお、 coñitoは訳書では伏字になっていますwノーベル文学賞作家の作品が伏字になるとはww
リョサが真剣に描こうとしているテーマなだけにちょっぴり残念。しかし伏字にしないと出版できないのかもしれませんねw

チボの狂宴チボの狂宴
(2010/12/25)
マリオ・バルガス=リョサ

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勿論、この作品はフィクションに過ぎない。しかし文学だからこそ描けるものもある。この小説のクライマックスでは、残虐な拷問の描写や上記の狂宴が描かれているので、閉口させられる人もいるかもしれない。それでも、この小説はリョサがノーベル文学賞の受賞を決定付けた傑作なのだ。
受賞理由の「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」はリョサの作品全般に言えることだが、明らかにこの作品を示しているのではないだろうか。ラテンアメリカの作家は日本ではあまり親しまれないし、マイナーのようだが、一人でも多くの日本人がリョサの本を手にとってほしいと思う。

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