15日のNYタイムズに”最後の砦Last Defense”の見出しで、勇猛果敢にこの事態の収拾にかかる作業員の方々50名の記事が掲載された。なんとも感動的な記事だ。

以下は、その記事の冒頭の一部で、高揚した気分で訳した意訳。

Last Defense at Troubled Reactors: 50 Japanese Workers
被災地での原子炉における”最後の砦”:50人の日本の勇士

A small crew of technicians, braving radiation and fire, became the only people remaining at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station on Tuesday ― and perhaps Japan’s last chance of preventing a broader nuclear catastrophe.
火曜の福島第一原発には、放射能と火災に勇猛果敢に立ち向かう、わずかばかりの技術屋の作業員の人たちが残された。恐らく彼らは、原発事故の大惨事の拡散を止める、日本の最後の砦だろう。
(...)
They breathe through uncomfortable respirators or carry heavy oxygen tanks on their backs. They wear white, full-body jumpsuits with snug-fitting hoods that provide scant protection from the invisible radiation sleeting through their bodies.
彼らは、気が詰まるガスマスクと背中に背負う重い酸素ボンベを通じて呼吸している。彼らは、全身を白い頭巾と作業服に覆われてはいるが、それは目に見えない放射能から身を守りためには不十分だ。

They are the faceless 50, the unnamed operators who stayed behind. They have volunteered, or been assigned, to pump seawater on dangerously exposed nuclear fuel, already thought to be partly melting and spewing radioactive material, to prevent full meltdowns that could throw thousands of tons of radioactive dust high into the air and imperil millions of their compatriots.
名も知られず、顔も見えない50名の作業員たちは、現場に残っている。彼らは志願してか、任命されてか、すでに部分的に溶解し、放射性物質を放出し、危険にも露出している燃料棒に向けて、ポンプから水をかけている。何千トンもの高濃度の放射性廃棄物が放出され、数百万人もの彼らの同胞を危険にさらし得る、完全なメルトダウンを防ぐために彼らはこの作業を行っている。
the NY times March 15, 2011



命がけで作業に当たっている人たち。マスコミは現場で懸命に事態の収拾のために奮闘している人たちに焦点を当てない。その代わり責任者の方が頭を下げたりする場面ばかりを報道する。僕たちのために犠牲になっている人たちを、マスコミは称えるべきだろう。なぜそれが出来ないのだろうか?
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