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9月11日にアジェンデについて書いた。あれからエクアドルではクーデター未遂事件が起こり、チリでは落盤事故で地下深くに埋められた鉱山労働者が無事救出された。
クーデターに屈しなかったエクアドルのコレア大統領 大衆へ呼びかける¡Hasta la Victoria Siempre!
ネルーダとチリの鉱山労働者 Neruda y los mineros chilenos

9・11といえば2001年のアメリカ同時多発テロ事件を大抵の人は思い起こすが、ラテンアメリカでは1973年のチリ・クーデターを指す事が多い。サルバドール・アジェンデは今でもチリの人々の心の中で生き続けている。youtubeにアジェンデの最後の演説がアップされている。この演説からも彼が本気でチリを変えようとしていたことが分かる。今チリのホットな話題といばサンホセ鉱山で地下深くに閉じ込められている労働
9月11日はチリ・クーデターの日Golpe de Estado Chileno 11 de septiembre de 1973



アジェンデ、クーデター、チリの銅山、ネルーダなどについて書いていると、自然と五木さんの「戒厳令の夜」を読んでみようという気になった。題名から察して、73年のチリを舞台に物語が展開していくのかと思っていましたが、サンティアゴに舞台が移るのはラスト部分だけ。
僕が思っていたよりも、壮大なスケールで物語が展開していく小説でした。この小説には4人のパブロが登場し、チリ・クーデターが起きた73年にみんな亡くなっている。
パブロ・ネルーダ氏死去 ― チリ・クーデターの嵐の中に ―
以前、ネルーダの詩をブログで紹介しましたが、鉱山労働者のために詩を捧げるなど、彼は政治色の強い詩人であり、ノーベル文学賞作家としても有名。

パブロ・カザルス氏死去 ― 世紀の音楽家、亡命の地に永眠 ―
今世紀最大のチェロ奏者といわれ、作曲、指揮者としての活躍のほか、反ファシズム運動、平和運動などで知られる パブロ・カザルス氏は、10月22日、午後2時、プエルトリコのサンファン病院にて死去した。

パブロ・ロペス氏死去 ― 幻の天才画家、南仏の病院で ―
パブロ・ピカソ、ホアン・ミロ、サルバドール・ダリなど、今世紀スペインが生んだ画壇の巨匠の中で、第二次大戦後、行方が知れず、その作品も発見できないまま “ 幻の画家 ” と呼ばれた ロペス氏 がフランスの病院でひっそりと息をひきとった。
このロペスさんが4人のパブロの中で一番ミステリアスで、この小説のキーパーソンになっている。ネット上で彼について少し調べてみましたが、ぜんぜん情報が見つかりませんね。。。

パブロ・ピカソは直接小説には登場しないが、この4人のパブロはスペイン内戦~第二次世界大戦中、ファシストと戦った点で共通している。この小説では舞台の幅も壮大だが、時系列も30年代~70年代と大きく前後する。しかし読み手をこの不思議な雰囲気で魅了させる何かが五木寛之さんの「戒厳令の夜」にはある。彼自身、どういう経緯か戒厳令下のサンティアゴにいただけに、あやふやな記述もない。

僕はどちらかといえば、チリの戒厳令下の青春をテーマにした小説だと期待してこの本を読み始めた。
しかし、面白いのはこの小説は大部分が九州を舞台に展開されていく。冒頭のネオン輝く博多・中洲から不思議なムードで惹きつけられ、気がついたら読了していたw
この小説の味噌は、日本の風土、伝記などを題材に日本を舞台に西洋と違った不思議な雰囲気を作り出し、炭鉱国家管理問題といった疑獄事件で日本独特の政治の闇をも題材に使われている。南米の政治とはまた一味違う日本色を出しながらも、根幹では共通している部分もあることを示している、なかなか複雑そうなストーリーに見えて違和感を感じさせないところからは著者の小説家としての才能を感じさせられますね。

この本は何故か今絶版になっている。
僕は、五木寛之小説全集30~31- 講談社を図書館で借りて読んだが、これほどの作品が市場で売られていないのには何か訳がありそうですね。そういや僕が調べてみる範囲ではチリ・クーデター関連の書籍は何故か市場で売られず、絶版になっているケースが多い。CIAが絡んでいるからか?今更隠そうが、あのピノチェトのジェノサイドは既成事実ですし、CIAが南米で糸を引いていることも皆が知っていることっすね。

小説ではあったが、戦後の日本の疑獄事件などについての知識は勉強になったし、僕みたいな若い世代が読んでおくべき小説っすね。
お隣の国々は常に戒厳令下だし、南米ではこないだエクアドルでクーデター未遂事件が起きた。
情報社会下では、ネットでサイバーテロにお前は加担したってな感じで、逮捕されるのかなぁ。。。。w戒厳令というのは目に見えない形でいつの時代でも存在するんですね。


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チリサン・ホセ鉱山の地下深くに閉じ込められた33人の鉱山労働者たちは今日、無事救出された。
NHKの7時のニュースで33人が救出されたのを時系列に、図まで用いて丁寧に解説されていた。
33.png

今回のコピアポ鉱山落盤事故で僕たちは事件の本質を見失ってはいないだろうか?と思わされる。チリ独立200周年と重なり、この救出劇でチリの国民が一致団結して救出を応援しナショナリズムが高まる様を、僕たちはTVやネット、新聞を通じて眺めているが、これはそもそも落盤事故という悲劇なのだ。お祭り騒ぎで果たして終わっていいのだろうか。

チリ鉱山労働者の悲劇は今に始まったことではない。僕が始めてチリ鉱山労働者の過酷な労働環境を知ったきっかけはエルネスト・ゲバラが書いたモーター・サイクルダイアリーズ(Diarios de motocicleta)だった。
ゲバラは南米縦断をした時、チリのチュキカマタ銅山を訪れ、労働者が極度の貧困状態で働かされている光景を見てショックを受ける。労働者が搾取されている姿を目の当たりにしたゲバラは2人の共産主義労働者と知り合いになっている。

ゲバラは南米旅行でラテンアメリカを帝国主義からの搾取から護る意志を固め、2度目の旅行でカストロさんと知り合いキューバ革命に参加したのだった。

今日のCubaDebateにネルーダの詩が掲載されていた。彼もまた南米ではチェ・ゲバラと同様に、左派のヒーローの一人だ。
Neruda y los mineros chilenos
ネルーダは1947年に上院で、国営の鉱山の労働者が極度の貧困で苦しんでいる様を訴え演説している。
同じチリ人の同胞が搾取に喘ぎ苦しんでいることに対し、憤りの念を彼は詩で表現している。
El Maestro Huerta (De la mina “La Despreciada”, Antofagasta)*
Cuando vaya usted al Norte, señor,
vaya a la mina “La Despreciada”,
y pregunte por el maestro Huerta.
Desde lejos no verá nada,
sino los grises arenales.
Luego, verá las estructuras,
el andarivel, los desmontes.
Las fatigas, los sufrimientos
no se ven, están bajo tierra
moviéndose, rompiendo seres,
o bien descansan, extendidos,
transformándose, silenciosos.
Era “picano” el maestro Huerta.
Medía 1.95 m.
Los picanos son los que rompen
el terreno hacia el desnivel,
cuando la veta se rebaja.
500 metros abajo,
con el agua hasta la cintura,
el picano pica que pica.
No sale del infierno sino
cada cuarenta y ocho horas,
hasta que las perforadoras
en la roca, en la oscuridad,
en el barro, dejan la pulpa
por donde camina la mina.
El maestro Huerta, gran picano,
parecía que llenaba el pique
con sus espaldas. Entraba
cantando como un capitán.
Salía agrietado, amarillo,
corcovado, reseco, y sus ojos
miraban como los de un muerto.
Después se arrastró por la mina.
Ya no pudo bajar al pique.
El antimonio le comió las tripas.
Enflaqueció, que daba miedo,
pero no podía andar.
Las piernas las tenía picadas
como por puntas, y como era
tan alto, parecía
como un fantasma hambriento
pidiendo sin pedir, usted sabe.
No tenía treinta años cumplidos.
Pregunto dónde está enterrado.
Nadie se lo podrá decir,
porque la arena y el viento derriban
y entierran las cruces, más tarde.
Es arriba, en “La Despreciada”,
donde trabajó el maestro Huerta.


サイレンが鳴り響くごとに労働者が救出される。
彼らは光を遮るために遮光のサングラスをかけているが、そのサングラスは彼らの素直な感情をも遮ってはいないだろうか?勿論救出されたことに対する感謝の念、歓喜などの感情も大きいだろう。しかし同時に自分たちを地下深くに長い間閉じ込めた落盤事故に対する憤りの感情も同じぐらい込み上げてきているのではないだろうか?
僕が鉱山労働者の立場ならこのような事態には我慢ならない。恐らく怒りの感情の方が勝ると思う。

映画化も決まったことは前の記事で紹介したが僕はこの救出劇を素直に受け止めることが出来ない。(チリ独立200周年を迎えて、地下でも33名が国家を斉唱Himno Nacional interpretado por los 33 mineros
でもCubaDebate(もともとはLa pupila insomneの記事)ネルーダの詩を掲載していることが意図するところは、僕の思っていることと通じているしているところがあったので紹介してみた。
この救出劇が独立記念200周年と重なり、無事救出できたことはチリのナショナリズムを高揚させ、先頭に立って見守ったチリの大統領ピニュエラさんの支持を高める結果になったが、この事件は単にハッピーエンドで終わらせて欲しくはない。

いろいろひねくれた見方はしてしまったが、ともあれ救出できたことはアッパレなので
ともはあれVia Chileっすねw

今回のチリの落盤事故の背景やアジェンデが倒れた後の、ピノチェトのことやピニュエラについて詳しく解説されていたので紹介します
「心折れてもおかしくなかった」・・・チリ・サンホセ鉱山・奇跡の全員生還
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