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20世紀には多くの独裁者が現れたが、彼らの原動力となっていたものは、一体なんだろうか?
使命感か、国家の主権を護るという大儀か、あるいは国民に対する愛からか?はたまた権力欲からか?

ノーベル文学賞作家のバルガス=リョサは、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島のドミニカ共和国で30年以上独裁体制を築いてきたラファエル・トルヒーリョを、「チボの狂宴」という文学を通じて描いた。リョサはウラニアという架空の女性を登場させることにより、トルヒーリョという怪物を揺り動かしている原動力の一つは、性欲であることを示した。これはリョサが若いころから一貫して描き続けてきたテーマ、日経の書評の言葉を拝借すれば「人間の根本を動かしているのが性であり下半身の事情であるという主題」。去年読んだ、「楽園への道」では、リョサがゴーギャンを同じ主題から描かれていた。
440px-Ambrogio_lorenzetti,_affetti_del_cattivo_governo_3,_siena,_palazzo_pubblico,_1337-1340
表紙の絵画は、アンブロージョ・ロレンツェッティが描いたフレスコ画「悪政の寓意」が用いられている。なんとも奇妙に見えるこの絵画は、「チボの狂宴(La Fiesta del Chivo)」にいかにも相応しいw。Chivoとはスペイン語辞書で引いたら、子ヤギの意と表示される。訳者解説によれば、山ヤギの意で、精力の強い動物である山ヤギはたくましい男性性の象徴とされることから、”チボ”には単なる「山ヤギ」だけでなく「手に負えない発情期の山ヤギ」という意味もある。好色で非道な暴君トルヒーリョにぴったちのあだ名だが、作中で描かれる独裁者は既に70代の老齢w「チボの狂宴」といタイトルはいろいろな解釈があるが、僕はドミニカで長年繰り広げられたトルヒーリョ時代の狂気が感じ取れる。絵画の中心の人物はトルヒーリョ、周りに金魚のフンのように付き添う側近、そして捧げられる子羊は架空の登場人物ウラニアを象徴しているようにも解釈できる...

「チボの狂宴」に捧げられたウラニアが過去のトラウマを秘め、90年代のドミニカへ帰国するのがこの小説の冒頭。各章は暴君の生贄となった複数の語り手の主観的視点からの描写から構成されている。語りの手法の巧みさは、ここで改めて指摘するまでもないが、読者は「緑の家」といった難解なリョサの著書と違い、すんなり500ページ超の、この小説を読破できると思う。

この小説の時代設定は、先にも記したウラニアの90年代後半(現代)と、トルヒーリョが暗殺された年の1961年で、この二つの時代が巧みに交錯する。今から50年前の5月30日に彼が暗殺される一日が、この小説で記されている。暴君トルヒーリョは、側近の裏切りや、風当たりの強い国際世論、そして何よりヤンキーの経済封鎖に悩まされていた。当時のカリブ海の情勢は非常に緊迫していたのは想像に難くない。ドミニカは隣国ハイチとの血の歴史がある。また、隣の島のキューバからは、カストロの支援を受けた亡命ドミニカ人ゲリラが、1960年6月14日に空からドミニカのコンスタンサ、次いで海からマイモンとエステロ・オンドへ侵入さた。政府軍と交戦して多数の死者が出たこの事件では、忠実な犬と思っていた家臣から裏切られ、トルヒーリョの疑念は強まっていた。また、一ヶ月前に起きたプラヤ・ヒロン侵攻事件では、キューバの次に侵攻の憂き目に遭うのはドミニカではないかと暴君に感じさせたことに違いない。

それでも、アメリカの海兵隊に鍛えられた頑強なトルヒーリョは一分たりとも無駄のないスケジュールをこなし、家臣を見事に操り、また巧みな手法で人身を手中に握り政権を堅持させていくさまが描かれている。そんな暴君トルヒーリョの至極の愉しみ、原動力が冒頭でも述べた、性欲であり、リョサはこの作品でラテンアメリカの作家らしく情熱を持って描き出しているw
以下は、そんな暴君の過激な台詞の原文。
«Esta noche, en la Casa de Caoba, haré chillar a una hembrita como hace veinte años». Le pareció que sus testículos entraban en ebullición y su verga empezaba a enderezarse”12章末より
また最終章では凄まじい狂宴が描かれている。以下はその一文
“Romper el coñito de una virgen excita a los hombres”
なお、 coñitoは訳書では伏字になっていますwノーベル文学賞作家の作品が伏字になるとはww
リョサが真剣に描こうとしているテーマなだけにちょっぴり残念。しかし伏字にしないと出版できないのかもしれませんねw

チボの狂宴チボの狂宴
(2010/12/25)
マリオ・バルガス=リョサ

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勿論、この作品はフィクションに過ぎない。しかし文学だからこそ描けるものもある。この小説のクライマックスでは、残虐な拷問の描写や上記の狂宴が描かれているので、閉口させられる人もいるかもしれない。それでも、この小説はリョサがノーベル文学賞の受賞を決定付けた傑作なのだ。
受賞理由の「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」はリョサの作品全般に言えることだが、明らかにこの作品を示しているのではないだろうか。ラテンアメリカの作家は日本ではあまり親しまれないし、マイナーのようだが、一人でも多くの日本人がリョサの本を手にとってほしいと思う。

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バルガス・リョサがヘミングウェイやフィッツジェラルドら巨匠の小説を論じた「嘘から出たまこと」 La verdad de las mentirasの冒頭に興味深いことが述べてあった。リョサは小説のやく煽動的性格について述べ、次のように小説の本質を語っている。(以下は寺尾 隆吉さんの訳。)

嘘から出たまこと嘘から出たまこと
(2010/02)
マリオ・バルガス ジョサ

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En efecto, las novelas mienten ―no pueden hacer otra cosa― pero ésa es sólo una parte de la historia.
La otra es que, mintiendo, expresan una curiosa verdad,que sólo puede expresarse encubierta, disfrazada de lo que no es.
事実、小説は-他に選択肢はない-嘘をつくが、これはあくまでジャンルの一側面にすぎない。単に嘘をつくだけではなく、正体を隠すこと、仮面をかぶることによってのみ表現できる興味深い真実を語るのである。


なかなか意味深なことを言っていますが、ちょっと難しいっすね。。そこでリョサは次のように説明している。

Dicho así, esto tiene el semblante de un galimatías.
Pero, en realidad, se trata de algo muy sencillo.
こんなことを言うとまるでチンプンカンプンかもしれないが、実は単純な話だ。
Los hombres no están contentos con su suerte y casi todos
―ricos o pobres, geniales o mediocres, célebres u oscuros―quisieran una vida distinta de la que viven.
Para aplacar ―tramposamente― ese apetito nacieron las ficciones.
人間は自分の運命には満足できないもので、ほとんど全員が-金持ちも貧乏人も、天才も凡人も、有名人も無名人も、-今と違う生活に憧れる。そんな欲求を-イカサマな形で-静めるためにフィクションは生まれた。
Ellas se escriben y se leen para que los seres humanos tengan las vidas que no se resignan a no tener.
En el embrión de toda novela bulle una inconformidad, late un deseo insatisfecho.
すなわち、誰もが求めてやまぬ理想の生活を提供するために書かれ、読まれるものがフィクションである。小説の根底には、いつも悪あがきが煮えたぎり、欲求不満が脈を打つ。



リョサは作家なので小説について述べているが、これはあらゆるフィクションに当てはまることだろう。
TVゲームなどが僕の世代の代表格だ。前の記事でも書いたタクティクスオウガにハマるのも、上記のリョサの語った理由からだろうかwフィクションの世界へ引き込むためには、小説ならリョサのように技法が必要だし、ゲームなら松野さんのような演出のセンスが必須だろう。リョサはこの本で過去の巨匠たちのそのようなセンスについて語っていて面白い。

リアルヒーローではあるが、僕がカストロやゲバラに憧れるのもリョサの上記の理由によるものなのかもしれない。
ペルーの作家であるバルガス・リョサさんの作品を読んでみようと思い、「楽園への道」を図書館から借りてきた。
先月、このラテンアメリカの巨匠がノーベル文学賞を受賞したのを知ってリョサの本を読もうと思ったのだが、それまで彼の名前すら知らなかった。
ペルーの作家バルガス・リョサがノーベル賞を受賞Premio Nobel a Mario Vargas Llosa

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)
(2008/01/10)
マリオ・バルガス=リョサ

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原題はEl Paraíso en la otra esquina
El paraísoは”楽園”を意味するが、esquinaは外から見た角を意味する。楽園への道という邦訳とはちょっと違いますね。邦訳をスペイン語に訳すとCamino de el paraísoとなってしまう。僕は原題のほうが好きだ。

この作品の登場人物はポール・ゴーギャンと、彼の祖母であるフローラ・トリスタン
ゴーギャンはフランスにおける印象派の創設者でありながら、精神の自由を求めてフランスを捨て、タヒチに渡った。タヒチはかなり遠い島で最近まで知らなかったが、僕はこの前読んだ戒厳令の夜で、日本からのチリへの亡命ルートにタヒチがつかわれてたのを思い出したw
フローラ・トリスタンは19世紀半ばのフランスで、男性社会、そして、労働者たちが幼い頃から低賃金で苛酷な仕事を強いられ、使い捨てられていく社会にあって、労働組合の必要性を説いたスカートをはいた煽動者。ゴーギャンの祖母は、なんと革命家だったのだ!

半世紀の時差があり、この2人の物語が、作者によって交互に語られる。砂浜に打ち寄せる波のように、フローラの時代から孫の時代へ移ったかと思いきや、次章でゴーギャンの祖母の時代へ遡る。画家と革命家であり両者とも異なる価値観を持っているが、時代の波に逆らい激動の人生に情熱を燃やした点で両者は似通っている。だから作者がこのような物語編成をしてもストレスを感じないし、僕は時代の波に漂うような感じで読み進めていくことが出来た。
リョサさんのノーベル文学賞の受賞理由は「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」であったが、彼が描いたゴーギャンとフローラの物語は正にそのイメージだ。

この手の小説はゆっくり読むのがいいと思うが、僕は先の展開が気になって4日で読み終えてしまったw。。。。リョサさんの作品を読むのはこれが初めてだが、かなりハマってしまったので他の作品も読んでみたいと感じさせられる作品だった。

リョサの語り口調がとても良い。例えば、以下のゴーギャンに対する語り口調からは、まるで友人に対して語っているようだ。

Vivir al natural, de la tierra, como los primitivos ―los pueblos sanos―, había impulsado su aventura de Panamá y la Martinica, y luego lo llevó a hacer averiguaciones sobre Madagascar y Tonkin, antes de decidirse por Tahití. Pero, en contradicción con tus sueños, aquí tampoco se podía vivir «al natural»,Koke.
(訳文はp39より)※コケはゴーギャンのこと
彼は自然のままに生きること、大地の恵みだけで原始人―健全な人々―のように生きることを望んで、パナマとマルティニックへの冒険を思い立ったのだ。そのあとタヒチに行こうと決心する前には、マダガスカルとトンガについていろいろ調べた。けれどもおまえの夢とは裏腹にここでも「自然のままに」生きることはできなかったね、コケ。


訳文では「お前」って訳されているが、tuの2人称が用いられている。スペイン語でtuの2人称を使うのは、親しみを持った相手に対してなのだが、リョサの語り口調からはゴーギャンに対する親しみが感じられる。

ゴーギャンの数多くのタヒチでの作品が作成されたドラマを、彼の人生を通じて語られている点も興味深い。『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』などの絵画は有名だが、僕はその絵画自体は知っていたものの、ゴーギャンがどのような思いで描いていたかは知らなかった。

革命家フローラのエピソードも面白かったが、僕はゴーギャンの人生に魅了された。社会の対して反発するのは革命家だけではない。ゴーギャンはパリの閉塞的なな空気に嫌気がさし、芸術界は諸文化と交錯し、異なる空気、異なる風景、異なる民族、異なる信仰、異なる生活様式や道徳を取り込む必要があると感じていた。タヒチで、ヨーロッパが知らないもの、あるいは否定したものを探し出し表現することで、商業的な存在が芸術から奪ってしまった勢いを、取り戻すことに彼は成功した。これも立派な革命だろう。

いろいろと考えさせられ、人生観や価値観を揺さぶられる本だった。ページ数は多いがリョサの本で何を読もうか迷っている人には強くお勧めしたい一冊だ。


今日、新聞でラテンアメリカの作家がノーベル賞を受賞している記事を見かけた。
「権力の構造や個人の抵抗、反抗、そして挫折を鋭く描き出している」点が評価され、バルガス・リョサさんはノーベル文学賞を受賞されたとのこと。
ラテンアメリカの作家はちょぃとマイナーっすけど、ファンにとっては嬉しいニュースっすねw

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)(2008/01/10)マリオ・バルガス=リョサ商品詳細を見る■いやあ、やりましたね、ノーベル文学賞受賞!実は、今年のノーベル文学賞の行方なんとなく気になっていて、事前に「2ちゃんねる」のスレッドをずっとチェックしていた。イギリスのブックメーカーのオッズでは、ここ数日でコーマック・マッカーシーが、一気にジャンプして首位をキープしていた。あ
ノーベル文学賞受賞おめでとう!リョサ!


マリオ・バルガス・リョサMario Pedro Vargas Llosaさんはペルーの作家。僕はガルシア・マルケスぐらいしか知らないのでこれを機にリョサの本を読んでみようと思う。
La noticia del Premio Nobel a Mario Vargas Llosa fue portada de muchos diarios alrededor del mundo
世界中の新聞でリョサの記事が載ったので、ペルーの新聞El comercioでは各国の新聞の記事が紹介されているwのを誇らしげに掲載されています
やっぱり自分たちの国の作家が受賞するとテンションも上がるもンっすねw分かりますww
日本では春樹さんが受賞しなかったのでガックリな雰囲気なンかな?僕は村上さんはあンまし好きでも嫌いでもないんだが(彼が翻訳している作品は好きですけどw。。。

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