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チェ・ゲバラはグラナードとマチュピチュを訪れたことは、映画でも再現されているのでご存知の方も多いと思う。しかし、彼がこの神秘的な遺跡の虜になっていたことはあまり知られていないのではないだろうか。
ゲバラは53年、考古学者の論文のような調子で「シエテ」という雑誌にマチュピチュについての文章を投稿している。これは下記の書籍内の邦訳で読めるが、原文ならアルゼンチンの研究センターHP上で閲覧も可能だ。冒頭で以下のような問題提起をしている。

チェ・ゲバラふたたび旅へ 第2回AMERICA放浪日記チェ・ゲバラふたたび旅へ 第2回AMERICA放浪日記
(2004/11)
エルネスト チェ・ゲバラ・デ・ラ・セルナ

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↑たしかこれに邦訳で全訳があったと思う。記憶違いだったらゴメン!。。。
¿Es esa su primitiva denominación? No, este término quechua significa Cerro Viejo, en oposición a la aguja rocosa que se levanta a pocos metros del poblado, Husina Picchu, cerro Joven; descripciones físicas referidas a cualidades de los accidentes geográficos, simplemente. ¿Cuál será entonces su verdadero nombre?. Hagamos un paréntesis y trasladémonos al pasado.
この地はもとからマチュピチュと呼ばれていたのだろうか?実はそうではないのだ。ケチュア語でこの地名(マチュピチュ)は、"老いた山"を意味し、ここの集落から数メートル離れたところにそびえ立っている尖った岩山"ウシナ・ピチュ※"とは反対の意味だ。つまり単なる地形を表す形容に過ぎないのだ。それでは、ここの本当の名称は何だったのだろうか?

※ワイナピチュのことだと思われる。と上記の邦訳所には注意書きがあった。
原文は以下より
Machu Picchu, enigma de piedra en América
http://www.lapastera.org.ar/spip.php?article=499#

この疑問に応えるニュースが先日発表された
Machu Picchu habría sido conocido en el imperio del Tahuantinsuyo como Patallaqta

マチュピチュ遺跡に本名? 古文書に「パタジャクタ」(03/22 )北海道新聞
 【ボゴタ共同】スペイン紙パイスなどは22日までに、同国の歴史家の調査結果として、ペルー南部の世界遺産マチュピチュ遺跡(15世紀ごろ)の本当の名称は「パタジャクタ」だった可能性があると報じた。ペルーを征服したスペイン人が1551年に書いた古文書に記載があるという。

 地元先住民の言語ケチュア語で「階段の村」を意味するという。ただ、マチュピチュ近くに同名の遺跡があることから混同の可能性もあり真偽は不明。マチュピチュは「老いた峰」という意味で、別の名前があったという説が以前からある。



パダジャクタ。。う~んしっくりこないっすね。
やはりマチュピチュのほうがいいような

いずれにせよ、この空中都市はミステリーに溢れている。今夜、世界ふしぎ発見でも取り上げられるようだ。
第1224回
マチュピチュ新世紀 101年目の真実
2012/03/24(土)21:00~
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/
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先月のアレイダ・ゲバラさんの公演で同席した人に紹介して頂いた本を読んでみました。バイクとゲバラ、そしてラテンアメリカ好きなら読むっきゃないっすね!

遥かなるゲバラの大地遥かなるゲバラの大地
(2006/06/29)
戸井 十月

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前から気になっていた本ではあったけど、まだ手に取ったことがなかった戸井さんの本。

ツーリングの楽しみの一つは、旅先のトラブルだったりする。国内のツーリングだったらトラブルといっても知れているけど、南米一周となると話は違ってくる。戸井さんが走破されたルートは、パタゴニアの氷原から、アマゾンの密林、アンデス。ツーリング計画が壮大なだけに、厄介事も至難極る事だろう。読者は冒頭の、走破ルート地図を見た瞬間そう感じるはずだ。この戸井さんの著書は、そのような読者の期待を裏切らない。

この著書のもう一つの魅力は、南米のマイナーな側面も垣間見ることが出来ることだろうか。ギニア、スリナム、ガイアナなんて国を走行ルートに入れられているとは、なんともマニアックだ。普通の観光客があまり行かなそうなところを楽しめるのも、ツーリングの醍醐味。南米大陸というミステリー溢れる大陸でのバイクの旅先で、書き残されている戸井さんの記述には興味をそそられた。といっても、ぞっとするような側面も描かれている。人の肉に卵を植え付けるアマゾンの肉蝿などの存在には正直ゾッとさせられたwでも南米ではこんな蝿ごとき、まだまだ序の口なのだろう。

僕もいつか南米大陸をバイクで旅したいなぁと感じさせられつつも、やっぱり無理だろうなwと思う。旅の費用がない以前に、僕には戸井さんのような度量がない。それでも、人間味溢れるラテン圏の大陸を旅することは憧れる。僕はせいぜいイベリア半島を一周するぐらいが相場だろうか。

北か南か、アメリカ大陸をバイクでツーリングするとしたら、大抵の人が北を選ぶのだろうか。南米は、得体の知れない生物が生息し、疫病、窃盗、悪路など厄介ごとが多々待ち受けている。それに対して、北米は先進国だし滅多なことはないだろう。でも、僕は同じアメリカ大陸をツーリングするなら南米を旅してみたい。あくまで憧れではあるが。
戸井さんの、この著書では人間味溢れる笑みを浮かべた現地の人々の写真が掲載されている。そう、旅の最大魅力は戸井さんも書かれていることだけど、人との出会いなんですね。北米のドライな気質の国ではなく、そのような大陸をバイクで走ってみたいものだ。

カストロさん、ゲバラらが中心となって起こしたキューバ革命の魅力も、この人間味溢れる点にあるのではないかと思う。カストロさんもよく、キューバ革命の特徴はヒューマニズムだと言われている。そして革命後のキューバはラテンアメリカの中でも一番ヒューマニズムを体現した国ではないだろうか。でも、元をただせば、彼らラテン圏の住民は経済力より人間味を大切にする気質なのだろう。戸井さんの旅のレポを読んでいるとそんなことを感じさせられた。

心の奥底ではヒューマニズムを大切にしつつも、経済発展も同時に果たしていかなければならないラテンアメリカ。戸井さんの最終目的地、ゲバラの死地バジェ・グランデもいまは観光地として栄えている。ゲバラのことをより多くの人が興味を持って、現地を訪れることは良いことではあると思うけど、一方で静かな村をそっとしてあげた方がいいのではないかとも感じる。ゲバラが眠る大地は今後どのように変遷していくのだろうか。
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今日は、バイクで京都方面から戻ってきた帰りに、「滋賀B級グルメバトル」に参加してきました。
お目当ては、近江ペルー丼。
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スパイシーなペルー風ステーキと伝統ある近江米のハーモニー。
新鮮な滋賀野菜も使われて、健康にも良さ気っすね!
販売係のお姉さんから、辛いのは大丈夫?と聞かれました。
サルサソースや、唐辛子ソースは確かにスパイシーだけど、この辛さなら大丈夫です。
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ペルー人の方が、情熱をこめて牛肉を焼かれていました。これぞペルー風っすね!
滋賀はブラジル人、ペルー人といった南米からの出稼ぎが多い地域。というのも滋賀の産業の大方が第二次産業で、工場が多いから。こういうグルメを通じて、お互い理解を深めることは良いことですね!
近江ペルー丼愛好会の皆さん、美味い丼ありがとう!
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1000円のグルメチケットの、残りを何に使おうかとぶらっとしていたら、美味そうな看板発見!
近江米バーガー茶漬け「うなぎ」
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しかしながら完売の文字が書かれたボードを持った方が前に立たれている。。。
もう完売なんっすか?残念ですね、と聞くと、ちょっと確認してきます
と言われ、僕が完売ボードを持つことにwでもラッキーなことに最後の1つを購入することが出来ました!
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ペルー丼食べてお腹いっぱいだし、持って帰りたいと言ったら、丁重にお持ち帰り用パックに入れて頂きました。
帰って開けてみたら、まだホッカホカ!しかも美味そう!!!
焼きおにぎり風に香ばしく焼き上げたコゲが、食欲をそそります。
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実はこのバーガーはお茶漬けなんです!お茶でバーガーがほぐれると、中から炭火焼うなぎ蒲焼ときんぴらゴボウが!
ウナギのジューシーな油とお茶のハーモニー。なんて贅沢なお茶漬けだろう!
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う~ん。美味いの一言。
これは高島市のご当地グルメ。高島市は鯖街道を北上するときに通るところです。
ライダーたるもの、やはり現地に行って食べるのが原則なんですが、こういう祭りに参加してみるのも悪くないっすね!

20世紀には多くの独裁者が現れたが、彼らの原動力となっていたものは、一体なんだろうか?
使命感か、国家の主権を護るという大儀か、あるいは国民に対する愛からか?はたまた権力欲からか?

ノーベル文学賞作家のバルガス=リョサは、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島のドミニカ共和国で30年以上独裁体制を築いてきたラファエル・トルヒーリョを、「チボの狂宴」という文学を通じて描いた。リョサはウラニアという架空の女性を登場させることにより、トルヒーリョという怪物を揺り動かしている原動力の一つは、性欲であることを示した。これはリョサが若いころから一貫して描き続けてきたテーマ、日経の書評の言葉を拝借すれば「人間の根本を動かしているのが性であり下半身の事情であるという主題」。去年読んだ、「楽園への道」では、リョサがゴーギャンを同じ主題から描かれていた。
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表紙の絵画は、アンブロージョ・ロレンツェッティが描いたフレスコ画「悪政の寓意」が用いられている。なんとも奇妙に見えるこの絵画は、「チボの狂宴(La Fiesta del Chivo)」にいかにも相応しいw。Chivoとはスペイン語辞書で引いたら、子ヤギの意と表示される。訳者解説によれば、山ヤギの意で、精力の強い動物である山ヤギはたくましい男性性の象徴とされることから、”チボ”には単なる「山ヤギ」だけでなく「手に負えない発情期の山ヤギ」という意味もある。好色で非道な暴君トルヒーリョにぴったちのあだ名だが、作中で描かれる独裁者は既に70代の老齢w「チボの狂宴」といタイトルはいろいろな解釈があるが、僕はドミニカで長年繰り広げられたトルヒーリョ時代の狂気が感じ取れる。絵画の中心の人物はトルヒーリョ、周りに金魚のフンのように付き添う側近、そして捧げられる子羊は架空の登場人物ウラニアを象徴しているようにも解釈できる...

「チボの狂宴」に捧げられたウラニアが過去のトラウマを秘め、90年代のドミニカへ帰国するのがこの小説の冒頭。各章は暴君の生贄となった複数の語り手の主観的視点からの描写から構成されている。語りの手法の巧みさは、ここで改めて指摘するまでもないが、読者は「緑の家」といった難解なリョサの著書と違い、すんなり500ページ超の、この小説を読破できると思う。

この小説の時代設定は、先にも記したウラニアの90年代後半(現代)と、トルヒーリョが暗殺された年の1961年で、この二つの時代が巧みに交錯する。今から50年前の5月30日に彼が暗殺される一日が、この小説で記されている。暴君トルヒーリョは、側近の裏切りや、風当たりの強い国際世論、そして何よりヤンキーの経済封鎖に悩まされていた。当時のカリブ海の情勢は非常に緊迫していたのは想像に難くない。ドミニカは隣国ハイチとの血の歴史がある。また、隣の島のキューバからは、カストロの支援を受けた亡命ドミニカ人ゲリラが、1960年6月14日に空からドミニカのコンスタンサ、次いで海からマイモンとエステロ・オンドへ侵入さた。政府軍と交戦して多数の死者が出たこの事件では、忠実な犬と思っていた家臣から裏切られ、トルヒーリョの疑念は強まっていた。また、一ヶ月前に起きたプラヤ・ヒロン侵攻事件では、キューバの次に侵攻の憂き目に遭うのはドミニカではないかと暴君に感じさせたことに違いない。

それでも、アメリカの海兵隊に鍛えられた頑強なトルヒーリョは一分たりとも無駄のないスケジュールをこなし、家臣を見事に操り、また巧みな手法で人身を手中に握り政権を堅持させていくさまが描かれている。そんな暴君トルヒーリョの至極の愉しみ、原動力が冒頭でも述べた、性欲であり、リョサはこの作品でラテンアメリカの作家らしく情熱を持って描き出しているw
以下は、そんな暴君の過激な台詞の原文。
«Esta noche, en la Casa de Caoba, haré chillar a una hembrita como hace veinte años». Le pareció que sus testículos entraban en ebullición y su verga empezaba a enderezarse”12章末より
また最終章では凄まじい狂宴が描かれている。以下はその一文
“Romper el coñito de una virgen excita a los hombres”
なお、 coñitoは訳書では伏字になっていますwノーベル文学賞作家の作品が伏字になるとはww
リョサが真剣に描こうとしているテーマなだけにちょっぴり残念。しかし伏字にしないと出版できないのかもしれませんねw

チボの狂宴チボの狂宴
(2010/12/25)
マリオ・バルガス=リョサ

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勿論、この作品はフィクションに過ぎない。しかし文学だからこそ描けるものもある。この小説のクライマックスでは、残虐な拷問の描写や上記の狂宴が描かれているので、閉口させられる人もいるかもしれない。それでも、この小説はリョサがノーベル文学賞の受賞を決定付けた傑作なのだ。
受賞理由の「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」はリョサの作品全般に言えることだが、明らかにこの作品を示しているのではないだろうか。ラテンアメリカの作家は日本ではあまり親しまれないし、マイナーのようだが、一人でも多くの日本人がリョサの本を手にとってほしいと思う。

ペルーで行われた大統領選挙の決選投票で、左派のウマーラ候補がフジモリの娘のケイコ候補より優勢。ウマーラ候補は、これまでの結果は勝利を示しているとして事実上の勝利宣言を行ったようだ。
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エル・コメルシオのオンライン版から、ウマーラさんの演説が聴けますが、さすが南米の政治家!情熱を感じます。
Humala en la Plaza Dos de Mayo: "Mi compromiso es con el pueblo peruano"
ウマーラさんの名前は、この選挙戦で初めて知りましたが、フジモリといえばあの賛否両論の激しい元大統領。あくどいイメージが拭えないためか、娘さんのケイコ候補も何気にお父さんに負けず腹黒そうに見えるw
バルガス・リョサさんが、「エイズか末期癌の選択」と表現したのは有名っすねww

"Me niego a creer que mis compatriotas van a ser tan insensatos de ponernos en la disyuntiva de elegir entre el sida y el cáncer terminal, que es lo que serían Humala y Keiko Fujimori".
Vargas Llosa compara a Keiko Fujimori y Ollanta Humala con sida y el cáncer
リョサに言わせれば、ウマーラさんはエイズでフジモリの娘は末期癌だそうです。リョサはフジモリに負けた苦い思い出がありますからねぇ。。。
昨日のエル・コメルシオにも寄稿しています
Mario Vargas Llosa se quedó en España y no vendrá a sufragar al Perú
いずれにしても
El laureado escritor reiteró su confianza en que “los electores confirmen que no quieren que vuelva la dictadura de Fujimori”.
「有権者がフジモリの独裁が戻ることを望まない意思表示をするはず」とのリョサの予測は当ってたということですね。

追記)
Keiko felicitó personalmente a Humala por triunfo en segunda vuelta
ウマーラさんに確定しましたね!ケイコ・フジモリさんがウマラさんにキスをするのは、激戦の末の仲直りといったところでしょうかw南米らしいっすね

Beso(キス)ベ~ソとせきたてるマスコミw

彼に期待されることは、歴代の大統領が行ってきた新自由主義政策との決別ですね。
本当の意味での民のための政治を行ってほしいものです。
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