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おとついの月曜に行ってきたFiesta Mexicana2011で食ったタコスの味が忘れられない。また食いたいっすけど、その辺に売ってないかなぁ~
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レモンマリネチキンのタコスTacos del pollo que adobó con un limónこれ美味かったなぁ。。。。タコスっていうとかなり辛くて食えたもんじゃないってイメージだったけど、程よいスパイシー加減が良かった
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なんといってもテキーラとあうンっすね!↓のマリアッチ観ながらチビチビやってたら連れに口の中が酒臭いぞって言われましたw。。
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テキーラに酔われたのかな?謎の大阪のオッサンが、マリアッチの演奏の前で踊ってましたw
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500円っていうのも良心的でイイっすね
マリアッチを聴くのも、タコスを食うのも初めて。クーバも行きたいけど、メヒコも一度行ってみたいね!
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空を見上げれば梅田のスカイビル。そして台風上陸前の青空。帰路でどしゃぶりの雨に見舞われました。まぁ帰りはバイクじゃなくて歩きだったし、傘さしてゆっくり帰れば良いしね。たまにはのんびり、テキーラ片手にタコス食いながらマリアッチ聴いて、電車で帰ってくるのも悪くはないっすね
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今日は以前に前売り券を買っていたこともあって、ラテンビート映画祭の映画を観るために駅ビルシネマへ行ってきた。
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なにやら怪しげな、ミッキーマウスのようなヘアースタイルのバレリーナ(????)の方がイメージキャラクターになられているwwまぁ上手くラテンを表現出来てるのかなぁっと思わされました

今日観てきた映画はメキシコ革命を描いたREVOLUCIÓNレボルシォンという映画。
IMDb評価はあんまし芳しくないようですね。僕は観終えて、予備知識がないと厳しい映画だなって印象を持ちました。
10人の監督が描いた10分程度の短編で構成された映画だが、僕はガルシア、ガエル・ガルシアの作品が一番お気に入り。

あと面白いなぁwと感じさせられたのがパトリシア・リヘン監督のLindo y Querido
エリサの父は「遺体を故郷に埋葬して欲しい」という願いを託して亡くなる。米国に帰化した彼女は、父の気持ちが理解できないまま、メキシコの村に遺体を運ぶ。そこには、祖父が戦った革命の跡はなかったが、彼女は父の遺志を理解するのだが、国境の脱出劇を観てこの短編はかなり笑わされたwww

僕はこのブログでキューバ革命について書いてきたが、メキシコ革命についてはあまり知らない。
今、メキシコの近代史についての本とか読んでいるので、この映画については歴史を学んだ後にまた違った発見があるかもしれない。
今日は午前中に京都で用事を済ませた後に駅ビルでぶらついていたら、メキシコ・モザイクという面白そうな企画が駅ビルシネマで催されていたので行ってみた。
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2時半~無料で上映される映画があったので、まずは整理券を貰い、明日から始まるラテン映画ビート祭のパンフレットを見たり展示されているメキシコの写真などを眺めながら数分時間を潰した。
上映された映画はメキシコの画家フリーダ・カーロさんの生涯を紹介すしたドキュメンタリー「愛と芸術に捧げた生涯」だった。

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(2006/09/22)
フリーダ・カーロ

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僕はフリーダ・カーロさんのことは今まで全く知らなかったが、今日、メキシコモザイクで彼女の絵を観て魅了されてしまった。フリーダさんは多くの自画像を描かれているが、僕にはどの絵も何か力強い意志が感じられた。フリーダさんは交通事故に遭い、身体がぼろぼろになった様を絵で表現されたが、痛々しいながらやはり苦境に屈しない固い意志が感じられる。ラテンの女性の憧れの対象にフリーダさんがなっていることには納得できる。

このドキュメンタリーの上映後は京都外国語大学のスペイン語の準教授の方がフリーダさんについて解説された。
スペイン語の先生といこともあり、スペイン語の発音も当然ながらスラスラだった。フリーダさんはシュルレアリズムの画家と日本では解釈されているようだが、見る人によって絵に対する解釈が変わって来るCada Quien su Frida(それぞれ各々の心の中にフリーダさんがいる)僕のフリーダさんは先にも書いたが、かなり意志の強い苦境にも屈しない熱い女性像に映る。スペイン語圏の画家にはピカソやダリ、マティスなどなど抽象画家が多くいるが、フリーダさんはピカソやダリと同じ時代を生きているが、何か違う系統の画家だと思う。
書いている内容はダリとかと違ってはっきりとしているが、観ている人に強烈なインパクトを与える。
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興味深いのは彼女はロシア革命のトロッキーと不倫関係にあったということだwあのトロッキーとwww
恐らく調べれば調べるほど何か深みのある人だと思うので、フリーダさんの本や映画などをまた機会があれば観てみたい。
昨日、メキシコ紙ホルナダの記者がハバナでカストロさんにインタビューしたことが日本のニュースサイトでも取り上げられている。

病気療養中のキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長(84)がメキシコ紙のインタビューで「私は死のふちにあった」と述べ、一時は生死が危ぶまれる状態だったことを明らかにした。 カストロ氏は2006年に「腸の出血」で緊急手術を受けた。メキシコのラ・ホルナダ紙が30日掲載したインタビューカストロ氏はその後の療養生活を振り返り、「もう生きたいと思わなくなり、医者たちが今の状態で私を生きながらえさせる...
フィデル・カストロ前議長「私は死のふちにあった」療養生活語る


キューバ機関紙、グランマでの紹介記事:“Hay que persuadir a Obama de que evite la guerra nuclear”
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Jornadaでの記事:Llegué a estar muerto, pero resucité
このインタビューではカストロさんが2006年7月に緊急手術を受けたことについて訊かれた
以下のカストロさんの応答が心に残った。。。

"Llegué a estar muerto", revela con una tranquilidad pasmosa. No menciona por su nombre la divertículis que padeció ni se refiere a las hemorragias que llevaron a los especialistas de su equipo médico a intervenirlo en varias o muchas ocasiones, con riesgo de perder la vida en cada una.

Pero en lo que sí se explaya es en el relato del sufrimiento vivido. Y no muestra inhibición alguna en calificar la dolorosa etapa como un "calvario".
"Yo ya no aspiraba a vivir, ni mucho menos... Me pregunté varias veces si esa gente (sus médicos) iban a dejarme vivir en esas condiciones o me iban a permitir morir... Luego sobreviví, pero en muy malas condiciones físicas. Llegué a pesar cincuenta y pico de kilogramos."

"Sesenta y seis kilogramos", precisa Dalia, su inseparable compañera que asiste a la charla. Sólo ella, dos de sus médicos y otros dos de sus más cercanos colaboradores están presentes.

―Imagínate: un tipo de mi estatura pesando 66 kilos. Hoy alcanzo ya entre 85 y 86 kilos, y esta mañana logré dar 600 pasos solo, sin bastón, sin ayuda.
今月のカストロさんの活発な活動をネットでアップされている動画などで観てきたが、実は1人で杖を使わずに歩くのをPRするくらいに体調がまだ直っていなかったんですね。。。。体重は一時より20キロ回復したようですが、今は僕と同じぐらいの体重っすねwカストロさんの身長を考えればこれぐらいあって当然ですが
どれだけ、苦しくても死ぬことが許されないキューバの指導者、フィデル・カストロ
一時は苦しさのあまり生きたくなかった、と述べられた。
Llegué a estar muerto, pero resucité
「私は一度は死にかけた。しかし、私は復活した」
と強調される辺りからは、肉体的には衰えても、カストロさんは精神的にはまだまだ健在だなと感じさせられた。84歳なのにあまりにもタフすぎる。
コマンダンテの映画で「私は人民の奴隷なのだ」と応えたカストロさんを思い起こされた。彼はまだ死ぬことは許されないのだ。これからのカストロさんの役目はキューバだけでなく、今日の狂った世界の暴走を食い止めるという使命もあるからだ。
Hay que persuadir a Obama de que evite la guera nuclear
オバマ大統領に核戦争を回避するよう呼びかけなくてはならない

カストロさんはメヒコのインタビューでも今月いっぱい主張してきたことを繰り返し強調された
"No quiero estar ausente en estos días. El mundo está en la fase más interesante y peligrosa de su existencia y yo estoy bastante comprometido con lo que vaya a pasar. Tengo cosas que hacer todavía"
世界は今、危険な段階にある。私はまだしなければならないことがあるのだ

カストロさんは20世紀の貴重な証言者だ。彼は時には根拠のない憶測に過ぎないことも言うが、私達は先人の言葉に少しは耳を傾けなければならないだろう。
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