東電の原発事故で、日本中で原発のあり方について問われている。関電も、もはや対岸の火事では済まされない。
中央政府が頼りない中、地方レベルから原発の安全基準の見直しを求める声が叫ばれている。
以下、朝日新聞の記事

福井の原発再稼働差し止め求め仮処分申請 滋賀の住民ら
滋賀県や京都、大阪府、福井県の住民約170人が2日、定期検査で停止中の福井県内の原発7基について、関西電力の再稼働を認めない仮処分をするよう大津地裁に申し立てた。東京電力福島第一原発事故を踏まえて国の安全審査指針を改定し、それに基づく点検をしない限り、「再稼働は危険」と訴えている。

 住民らは原発から20~110キロ圏内に住む原発立地市町以外の人たちで、福井と隣接する滋賀県の人が約9割を占める。再稼働や運転差し止めを求める訴訟も年内に起こす方針。

 全国で原発の差し止め訴訟などに携わってきた弁護士約100人が先月結成した「脱原発弁護団全国連絡会」のメンバーが弁護団となり、初めて起こした行動。連絡会は、被災して停止中の女川原発(宮城県)や福島第一原発の5、6号機の稼働差し止めを求める訴訟も予定している。



滋賀といえば、嘉田知事が「卒原発」を掲げられている。これは微妙な語感の違いだが、「脱原発」に比べ「卒原発」は、ポジティブな印象を受けて良いと思う。
人間は過ちを犯すもの。大きな原発事故の反省を活かし、放射能汚染のリスクを抱える原子力エネルギーから「卒業」するという考え方は、僕も賛成だ。政治家の「言葉」が与える影響は大きい。ちょっとした語感の違いだが、知事のセンスの良さを感じられる。

加えて滋賀では上記の、福井の原発再稼働差し止め求め仮処分申請が行われた。
反原発運動をして、原発をなくせ!とデモを起こし叫ぶことも、「脱原発」を推進するひとつの力になるに違いないが、肝心なことは叫ぶだけでなく、例えば差し止め訴訟など実効ある行動を起こすことだろう。
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美浜原発の前には文字通り、美しい浜がひらけている。今年の4月に滋賀経由で敦賀半島へツーリングに行ったが、琵琶湖の北端の今津からは目と鼻の先だ。
cf
04.01 敦賀半島弾丸ツーリングApril Fools Touring
もし、美浜原発が今回のフクシマのような事態になれば、1400万人の近畿の命の水がめである琵琶湖が汚染されるに違いない。そうなってから、「想定外」では済まされないのだ。

安全基準の見直しは、津波だけという視野の狭さでは駄目だ。仮想敵国を臨む日本海沿岸に建つ原発は、テロリストからの攻撃にしっかり備えなければならない。
cf
05.25 テロから原発を護れ!~Wkileaksの米外交公電が安全保障の欠陥を語る~
悪戯に恐怖を煽ることもあってはならないが、「現実」から我々はもはや眼を背けることは出来ない。
日本人は、議論を好まず、小異を捨てて大同につく、悪い傾向がある。戦後復興のために、原発安全神話に寄り添ってきたわけだが、もはやそのような甘ったるい考えは通用しないのだ。これまで原発を推進してきた立場のもの、世論を誘導してきた関係者は、罪悪感を感じるなら素直に反省するべきではないだろうか。それでも原発を推進するか、別のエネルギー政策を考えるか、という手順を踏むべきだろう。
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