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被災地から関西に帰って来ましたが、未だボランティア熱が冷めず朝の5時に目覚めました。被災地帰りの時差ぼけといったところでしょうかw。。。
そんなことを考えながらNHKの「おはよう日本」を眺めていたら、新盆迎える被災地について報道していました。見覚えある光景だなと思って見てたら、僕が行っていた岩手県大槌町。偶然にも僕がボランティア最終日に清掃活動をしていた墓地がテレビに映っていました。
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NHKのカメラはまわってますが、倫理的に墓地での写真撮影はNGなので、撮影してません。別の場所で何枚か休憩時間に撮っていました。
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骨組みしか残っていない建物。。
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大槌町は町長の方が亡くなられ、役場職員の約四分の一にあたる三十人ほどが死亡・行方不明となっています。町役場は流されてしまい、現在も避難所と兼用で高台の公民館に役所の機能が移されている。僕が清掃していた墓地は、高台の墓石は無傷でしたが低地の墓石は倒壊していました。

現地では各都道府県の警察官が機動隊のバスで来られ、パトロール活動をされていました。大槌町では大阪府警のパトカーが走っていました。関西から来ているのは僕らだけじゃないんですね。バスでの移動中、何台ものパトカーを見かけました。

墓地での清掃活動中には、現地の消防隊員の方が采配を採られていました。被災直後、大槌町では報道などでは「機能不全に陥っている」と言われていたのですが、実際は残された若手の職員中心となって、前例やしがらみに囚われず、テキパキと復興作業を進められていたようです。平素であれば時間をかけて、中高年の幹部職員の方がそれぞれの作業の「割り振り」を会議で時間をかけて決められるのでしょうが、今回のような有事ではセクショナリズムは弊害となり得る。有事の際には、「細かい所掌や手続きに囚われず、とにかく住民のために頑張らないといけない」という心構えに切り替わる必要があるわけですね。そういう意味で、この大槌町は危機管理のあり方がうまく機能していた自治体だったようです。

おっと、話がずいぶん脱線しましたね。。話を墓地清掃に戻しましょう。
僕が参加していた、しがNPOセンターの一行は、地元のボランティアセンターの采配に従い、最終日に墓地清掃が割り当てられました。河川清掃と違い、墓地は墓石、遺骨などの扱いが難しい点と、炎天下の中水につかることが出来ない点が辛かったのを覚えています。土砂をスコップで土嚢に入れても入れてもキリがなく、やり切れない思いでした。これを一人でやれ、とか言われたら絶対途中で投げ出していましたね。。。途中でNHKのカメラが来たので、気を改めて引き締め作業に取り組みました。

果たして墓地を清掃したことに意味はあったのか、と信仰心が無い僕は疑問の念を抱きつつ帰って来たのですが、今日、「おはよう日本」で気持ちの区切りをつけたいと、行方不明のままの家族の葬儀を行なう人が多く訪れている様子を観て、やってよかったなぁと感じています。お盆までに、遺族の方が少しでも綺麗になった墓地でお墓参りが出来れば。。。鎮魂と復興への思いに包まれながら被災地大槌町もお盆を迎える。
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今日、8月11日で震災から5ヶ月目。地盤沈下もし、沿岸の漁業の町大槌町の産業の復興はまだまだ先が長いのかもしれない。それでも上記にも記した頼もしい働きをされる役場の職員がいらっしゃる大槌町。苦境を乗り越え復興を遂げられることを願いたい。
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今日の晩から被災地に向けてボランティアバスで出発します。
ちょうど荷造りが完了して一息ついているところです~

僕が認識している以上に現地では、厳しいことが待ち受けているかもしれませんが、頑張ってみることにします。

ブログは、平常どおり更新される予定です(笑
6日と8日にゲバラについての記事が投稿されているはずです(Fc2ブログは予約投稿できますから)

余裕があれば現地からもレポ書いてみます。
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