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NHKの「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」のシリーズは、良い問題提起だと思う。
大日本帝国時代の日本のナショナリズムの高揚が理解できない私には、4回シリーズののなかでも第3回"熱狂”はこうして作られたはとても興味深いテーマだった。

リーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか

「坂の上の雲」の時代に世界の表舞台に躍り出た日本が、なぜわずかの間に世界の趨勢から脱落し、太平洋戦争への道を進むようになるのか。開戦70年の年に問いかける大型シリーズの第3回。
日本が戦争へと突き進む中で、新聞やラジオはどのような役割を果たしたのか。新聞記者やメディア対策にあたった軍幹部が戦後、開戦に至る時代を振り返った大量の肉声テープが残されていた。そこには、世界大恐慌で部数を減らした新聞が満州事変で拡販競争に転じた実態、次第に紙面を軍の主張に沿うように合わせていく社内の空気、紙面やラジオに影響されてナショナリズムに熱狂していく庶民、そして庶民の支持を得ようと自らの言動を縛られていく政府・軍の幹部たちの様子が赤裸々に語られていた。
時には政府や軍以上に対外強硬論に染まり、戦争への道を進む主役の一つとなった日本を覆った“空気”の正体とは何だったのだろうか。日本人はなぜ戦争へと向かったのか、の大きな要素と言われてきたメディアと庶民の知られざる側面を、新たな研究と新資料に基づいて探っていく。
"熱狂”はこうして作られた 番組紹介より



以前、同じくNHKの番組を観て暴走気味の記事、大日本帝国時代の清算で、軍事独裁に至り太平洋戦争開戦までのプロセスをしっかり義務教育で教えるべきだと書いた。このNHKの「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」シリーズは、まさにそのプロセスを説明してくれる番組だなぁと感じながら3回目の今日も期待しながら観ていた。

しかし、番組を観終わって何か物足りないなと思った。
ナチスドイツでヒトラーやゲッペルスの巧みなプロパガンダでナショナリズムが高揚したことは映像からも伝わってくるが、どうも僕には日本のナショナリズムの高揚のメカニズムが分からない。近衛文麿首相の演説はお経を読んでるみたいだし、日中戦争を中継するラジオもいまひとつ戦意を高揚させるものが感じられない。もし、僕があの時代の当事者だったら、どう考えても周りから浮いていただろうな。。。。

ナチスドイツのナショナリズム高揚のメカニズムは分かりやすいが、日本の場合は何か不気味なものを感じる。
番組の最後に、今世紀また、メディアによって戦争が引き起こされるか?というアンケート結果が提示され、また同じことが繰り返されると答えた人は17%しかいなかった。大方の人が、先の大戦のようなことは繰り返されないと答えている。

果たしてそうだろうか?日本のマスコミは、基本的に外国で起きたニュースに対して同じスタンスで報道しているし、明らかにアメリカの視線を気にした内容を報道していたりする。このようなマスコミの報道が野放しにされている日本では、先の大戦と同じことが繰り返されてもおかしくないと思う。
(追記)”空気を読め”KYが流行語になってる今日、例えば戦争反対の声に対してKYというレッテルが貼られるような不気味な自体があり得るかも。。これが、先の大戦で日本が戦争に向かった理由の一つだなと今日の番組を見て感じた。

幸い今日にはインターネットという媒体があり、僕たちはさまざまな情報を吟味することが出来る。それでもネットも巧みに戦争のプロパガンダに利用されるようになったら。。。。。
中東でのインターネットを駆使した革命では、facebookを活用し、独裁政権を呼びかけた。これが、戦争を呼びかけるという形で悪用されたらどうなるのだろうか。これからの21世紀はヒトラーやルーズベルトといったカリスマを持った指導者ではなく、凡人がネットを駆使して一つの流れを作ることも可能だ。
資源がない日本で21世紀中に戦争がない可能性は低いだろう。起きてほしくはないが、21世紀の戦争を駆り立てる"熱狂”はどのようにして作られるのだろうか?

先の記事でカストロさんが「世界中にありとあらゆるニュースがあふれ、真実とうそを見極めるには時間が必要だ」と述べられているように、今日の社会は太平洋戦争が起きた頃より遥かに複雑だ。このような時代だからこそ、僕たちはマスコミに惑わされてはいけない。
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今日の朝刊で韓国併合100周年という節目に今年は当たることを知り、HDに録画していたNHKスペシャルを観てみた。
日韓関係に疎い僕は、NHKスペシャルのプロジェクトJAPANシリーズ 日本と朝鮮半島を初回から観てかなり勉強になった。かつて大日本帝国として大アジア圏の構想を抱いていた日本は、次々と帝国主義的侵略を続けていったのだが、具体的にどのようなことをしていたかについてはあまり知らなかったからだ。
特に今回見た第5回目 日韓関係はこうして築かれたはある意味衝撃的だった。キューバ危機の最中に賠償金請求額の件で日韓であんな交渉があったとは知らなかったからだ。お互いが提示する賠償額を譲らず、そこにアンクルサムが口出ししてくる。ヤンキーは反共政策のために日本と韓国が手を結ぶことを願っていたわけだが、交渉が決まらない状態にイライラしていた。当時アメリカではケネディ大統領がキューバ危機で頭を悩ませていたこともあり、極東に構ってる時間がなかったからだ。このキューバ危機については項を改めて書く。
その後、経済支援の名目に日本がこだわり、一方で韓国は国内で反帝国主義思想の学生が日本の公式謝罪を求める運動を戒厳令を出してまで鎮圧する。韓国側は謝罪よりカネの方を優先的に要求したのだ。。。。

日韓の摩擦は今も根強い形で存在している。竹島問題から2ch攻撃などなど。。。。
かつての日本の帝国主義政策に関しても様々な見解が存在することが分かった。次のブログの方はこのNHKスペシャルを批判的な姿勢で捉え次のように指摘されている。

↓忘れずに、最初にクリックお願いします。↓8月1日(日) 放送【NHKスペシャル プロジェクトJAPANシリーズ「日本と朝鮮半島」第5回 日韓関係はこうして築かれた】を見た。戦後、日韓基本条約の調印までの交渉過程や背景などを説明していた。途中までは、第1回から第4回までと比べるとツッコミ所が少ないと思えていた。せいぜい満州国建国の部分が気に障る程度で、本物の金日成将軍の写真と戦後のお馴染みの偽者金日成の動画が別人で...
NHKに抗議!Nスペ日韓関係・8月1日放送【NHKスペシャル プロジェクトJAPANシリーズ「日本と朝鮮半島」第5回 日韓関係はこうして築かれた】・NHK解説委員の五十嵐公利「向き合うことなく併合し、植民地支配し、謝罪なしの悪循環が竹島などを深刻化」



様々な見解があるし、どっちが正しいとか間違っているとかは一概に言えないだろう。日韓情勢について疎い僕自身は判断の仕様がない。。しかし大日本帝国がアジア諸国に対して侵略を行ったという事実には間違いない。問題は侵略の度合い、搾取の度合いが誇張されているかどうかという点だ。

しかし、この番組を観て、日韓の戦後賠償問題について僕自身の見解を述べてみたい。あまりにも理想主義すぎて一笑されて終わるだろうが、それで構わない。
果たして重要な問題は賠償金の金額だったのだろうかと?たしかに一国の経済成長のために、北の共産主義国に負けないだけの力をつけるためにはカネが必要だっただろう。しかしそんなことで過去の問題が本質的な意味で解決するのどるか?重要なのは互いに過去を見つめ合い、日本は日本でかつて行った侵略を反省すべきだと。そのためには近代史の歴史教育にあてる時間をもっと増やせと言いたい。違うケースだがドイツは戦後、ナチスの反省を踏まえて近代史にかなり時間を割いている。一方で日本の近代史のページはパンフレットのように薄っぺらいのだ。
まず国民全体がしっかり歴史認識を持つ。その上で様々な歴史に対する見解が生まれるだろうが、ようはもっと近代史に関心を持つべきだなと感じた。
昨日のニュースで未来志向の外交関係を、どうこうというのを聞いた。すべて賠償も一通り終えたし次のステップにいこう、と急ぐ政府に対してちょっと待てよと言いたい。

単に目的意識もなく歴史教育を行うだけではダメだ。
どのようなプロセスを経て軍事独裁が起こったのか?
なぜ日本は侵略戦争を始めなければならなかったのか?
第二次世界大戦後にアメリカがやってきたこと、
今の国際秩序がいかにして構築されていったかなどを
しっかり義務教育の範囲内で教育しなければならない。
僕たちの国は南米やアフリカ諸国と違って識字率はほぼ100%だし、このような教育をすることが不可能ということはないのだ。

ここで、そんなくだらない歴史教育に税金を使い、青少年の貴重な時間を浪費するつもりか!?といった反論が出るかもしれない。しかし、このような教育を行うことそれに見合う十分な意義があるのだ。
なぜらなそのような教育によって、未然にこれから起こる得る戦争を防ぐことが出来るからだ。
日本はもともと資源がない国である点、地政学的見地からも僕たちの国は侵略戦争を将来起こすということは決してない話ではない。その時のために予防措置として歴史教育をしっかり今から行わなければならない。
今回は見苦しいかなり暴走気味な手記を書いてしまったが、それは今の政治家が国際的視野もなく
ただ漠然と未来志向の外交路線とかぼやいているのに腹が立っているが為なので、最後までこれを読んだ方は悪く思わないで欲しい。
今日は長崎に原爆が落とされた日。ここ数日、65年前に広島と長崎に原爆が落とされた日、ということもあって原爆についての手記を書いてきたけど、最後に1959年にゲバラがキューバの経済使節団長として来日した際、広島に訪れたことについて書いてみたい。
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この写真は1959年に撮られたもの。革命達成から6っカ月後に外交の地固めという使命を担って、いわゆる第三世界諸国を訪問するためキューバから出国した。目的地はエジプト、インド、インドネシア、ユーゴスラビアでその時ネルーやスカルノ、チトーと会ったのだがその時のことはまた別の機会に書こう。この旅の途上でゲバラは日本に来た。写真ではフィデル・カストロと出発前に何やら話し込んでいる。
彼は日本でトヨタの自動車工場やソニーの工場を見学し、「我々の国、キューバも日本のように資源がない。我々も日本のように頭を使わなければならない」と感想を述べたという。彼は日本でキューバの砂糖の売り込みもしていた。そして戦没者が眠る靖国神社を参拝するスケジュールが組まれていたらしいのだが、ゲバラはそれを頑なに拒否しヒロシマに向かった。
この反応は反帝国主義の思想を持っているゲバラのことを考えれば、当然のことだ。太平洋戦争で隣国のアジア諸国を侵略した帝国主義の兵隊が眠っている神社に参拝するなどゲバラにとっては考えられないことであったに違いない。彼はその代りに被爆者の眠るヒロシマへ向かった。医師でもあったゲバラは原爆ドームだけでなく、原爆病院にも足をはこんだ。彼はそこで何を思ったのだろうか?
youtubeで「革命家とヒロシマ」という動画を観たことがあるが、その動画によれば7月25日にヒロシマに訪れたゲバラを取材した日本人の記者がいたという。ヒロシマになぜ来たのかという問いに対しゲバラは、「日本に来てヒロシマをみないわけにはいかないだろう」と応えたそうだ。そして反米、反核については声高に主張しなかったらしい。これは新聞記者が同行している場で、日本の外務省を刺激しない配慮があったのだろうが、少しゲバラらしくないなとも思った。恐らくカストロに出発前、外国では外交官らしくし、キューバに対する心象を悪くさせるなと念を押されたために違いないw憶測だが、上に掲載したゲバラが頭をかかえている写真はまさにそんな2人の会話の場面だったのかもしれない。
しかし原爆資料館で原爆の被害の惨状を見て、ゲバラはポツリと次のように漏らしたという。

「君たちは、こんなひどい目にあってなぜ腹を立てないのか、アメリカはまったく酷い事をするな。。
日本国民、ヒロシマの市民はなぜアメリカの原爆投下責任を問わないのだ」


勿論、ゲバラはアメリカ大使館を日本で刺激しないための配慮は心得ていたけど、やはりフランクな性格のゲバラらしく本音を漏らしてしまったようだ。彼は日本というアジアを侵略した帝国主義の国が、また別の帝国主義国であるアメリカに原爆を落とされたことに対して、日本の帝国主義を非難しつつも、原爆という手段をつかったヤンキーに対しても非難している、ということだろうか。罪のない民間人も多数いたヒロシマを原爆で根こそぎ蒸発させたヤンキーに対して憤りを感じたのだろうか。
ゲバラとヒロシマに訪れたオマル・フェルナンデス氏の証言によれば、想像以上の惨状を目の当たりにしてゲバラは、ヒロシマの人々に対し同情の念を抱いたという。そしてゲバラは帰国後、カストロにヒロシマの悲劇を報告し教科書に詳しい記述で載せられたという。
しかし、そのわずか数年後にキューバではミサイル危機、いわゆるキューバ危機が起こり、冷戦の氷に対しキューバで口火を切ってしまったことをは正に皮肉なことである。。。。その時のことは別の手記で書こう。

ヒロシマの人たちが冷戦構造を構築するための標本、モルモットにされたということについては昨日書いたが、
この点について疑問を感じている人も多いと思う。

広島に原爆を投下した米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の元機長ポール・ティベッツ氏(故人)の息子、ジーン・ティベッツ氏は5日、オバマ政権が広島平和記念式典にルース駐日大使を出席させたこと...
ヒロシマナガサキ原爆は戦争終結でなく人体実験が目的


昨日の手記の繰り返しになるのでここでは詳しく書かないが、アメリカ人は原爆のデータを収集するために、日本人の研究者、医師を利用し被爆地のヒロシマの調査を行った。ヤンキーはヒロシマにいた人たち14万人の対価として死亡曲線という戦利品を手に入れたのだ。日本は被害者の救済よりもアメリカとの関係、つまり戦後の国益を重視した。
今年、ヒロシマに数多くの核保有国の代表団が訪問した。その中にはかつて原爆を投下したアメリカの大使の姿があった。ルース大使は沈黙を保っていたようだが、彼の心境も理解できないことはない。大使として非常に難しい、心苦しい立場だろう。もし僕が彼の立場であったも、そうする他仕方なかったと思う。悪いのはヒロシマに派遣された彼ではなく、かつてこのくだらない実験を行った本国にいるアンクルサム、そして今もなお過去の残虐行為を反省せずに国際秩序の番人として世界を支配している彼らこそ悪の根源なのだ。
かなり私自身の勝手な私見にも基づく見解を述べていることは自覚しつつ、もう少しこのことについて述べてみたい。
アメリカが原爆投下について謝罪しないのは、単に日本の14万人を残虐な手段で殺した責任を問われることを恐れるがためではない。原爆を投下したエノーラ・ゲイ機長の遺族の方は大使がヒロシマを訪問するだけで不満を言った。ゲイ機長は命令に従っただけだろうから、彼を責めるつもりもないがアメリカの世論は、原爆投下に対し様々な見解がある。しかし彼ら自身に罪はなくても、ひとまとまりのアメリカ国民としてみた場合、彼らは加害者側の立場にいるのだ。原爆が、かつての日本という得体の知れない、天皇陛下を妄信する帝国主義国を降伏させるために使われたのだ、あれは正義のための戦争だったと反論されようが、一つの爆弾で14万人の命を奪ったという事実は曲げることが出来ない。そして現在のアメリカにおいて許せないのは、そういう一部の世論を利用して、今でもかつての残虐行為を正当化し続けるアンクルサムのふてぶてしい態度だ。

ここでまた、ゲバラのあの言葉が思い起こされる。日本は原爆投下という残虐な手段を講じたアメリカに対して責任を、なぜ問わないのかと。ゲバラ自身は日本人じゃないし、僕は日本人だけど被爆者ではない。被爆者の方の中にアメリカの責任を問うべきだという意見はあるのだろうか?また、このことについては詳しく調べてみよう。

しかし、腹立たしいのはアンクルサムの態度だけではない。日本の政治家についても、管首相の頼りない姿勢についても少し腹立たしい。被爆者の方の前で核廃絶を言いつつも、公式の場では核の抑止に日本は頼らなければならないという二枚舌を使っている、はっきりとしない姿勢にだ。彼に対しては戦争の問題だけでなく、国内の諸政策に関しても不満があるが、そのことは別の手記で書こう。日本にはここ数十年、国際的視野を持った政治家が現れていない。ただアメリカに翻弄されるだけの政治家ばかりだ。こんな事を言ったらこう反論されるだろう。
重要なのは下手にアメリカを刺激するのではなく、したたかにアメリカの傘下に入り続け安全と経済の保障をしてもらい続けることだと。国際的視野だと?そんな綺麗ごとで政治は出来ない、私たちが世論から非難を浴びる代わりにお前たち若者は平和の恩恵を受けているのだ。綺麗ごとや理想では飯は食っていけない、と。

本当に重要なことは、アメリカが被爆者の方に対して謝罪し賠償をすることではなく、これ以上、核の犠牲者を出さないことなのかもしれない。、昨日の記事でカストロが「イランとイスラエル、アメリカ間で核戦争が起こる危険がある」と注意を喚起していたように、現在のオバマ政権のような平和協調路線上においてさえ、核の脅威が消えないのが現状だ。そして民主党から共和党へ政権が変われば平和協調路線や核廃絶といった路線は、すぐに覆されるだろう。僕たちの隣国の朝鮮半島においても一触即発の状態だ。カストロは北朝鮮の核の攻撃対象には日本も含まれていると先月のインタビューで言っていた。あの時のカストロさんの発言は、僕の手記ほど私見に基づいているわけではなくても、カストロさん独自の見解に過ぎない。しかし長年、アンクルサムと睨み合って、上陸軍の侵略を打ち負かし、経済制裁にも屈しなかった賢人の言葉だけあって、仮説に過ぎなくても耳を傾ける価値はあると思う。

これからの日本がどうなるのか、アメリカが矛で日本が楯という関係は21世紀中ずっと続くのか?
少なくとも日本の政治家がキューバのカストロのようにアメリカに反旗を翻すというシナリオはありそうにない。
今の国際的視野を持たない政治家をテレビで観ているとそんな気がするのだ。
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