今から49年前の10月15日から13日間、人類史上最大の危機がキューバを舞台に繰り広げられた。いわゆるキューバ危機(The Cuban missile crisis)は、ロシアではカリブ危機(Карибский кризис)と呼ばれているそうだ。そして、キューバでは10月危機(Crisis de Octubre)とも呼ばれている(ゲバラの国連演説や別れの手紙などではカリブ危機と言ってますが、カストロさんの演説では前者が用いられる)
2010.08.23 チェ・ゲバラ 国連での帝国主義に対する非難

この演説では crisis del Caribe(カリブ危機)って言ってますね。「いわゆるカリブ危機」と説明しているんですね。
アメリカ合衆国、ソビエト連邦、そしてキューバそれぞれの当事国で呼称が異なるように、キューバ危機に対する見方は分析する人によって様々だ。悪いのは、キューバにミサイルを置いたソ連だ!という見方をする人もいるだろう。一方、そもそもこの危機を招いたのは、トルコにミサイルを配置してソ連を追い込み、バイーア・デ・コチーノス(ピッグズ湾事件)、マングース作戦などでキューバ転覆を企てたアメリカであるという見方も出来る。

いずれにしても、この危機は想定外の事態であった。アメリカの優秀なJFKのブレインであったマクナマラ国防大臣も、まさか有能な政治家であるフルシチョフがそんな禁じ手を打ってくるとは思わなかったのだ。しかし、キューバに核ミサイルが配置されたのは、想定外でした、という言い訳は許されない。一歩間違えれば、核ミサイル報復の連鎖が始まり、攻撃された都市は消滅し放射能が地球上を覆っていたのだ。

今年日本で起きたフクシマ原発事故もまた、想定外の事態であった。原発はそれまで、二酸化炭素を排出しない夢のエネルギー源とみなされていた。耐震対策もバッチシだったし、チェルノブイリの二の舞なんか日本で起きるはずがないと、東電の幹部も思っていたことだろう。

原子力という怪物と契約し、人類は強大な力を手に入れた。強大な力を制御出来るという奢りが、想定外という事態を招いた。キューバ危機から半世紀の歳月が経った今日、核兵器は削減されたものの、米ソ以外の不安定な国家が所有しているという意味において、想定外の核戦争が起こる可能性はむしろ、上がったといえよう。原子力という怪物は、平時においては牙を見せないが、有事になれば取り返しのつかない事態を引き起こす。人はそれを「想定外」と言い訳するのだ。
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15日のNYタイムズに”最後の砦Last Defense”の見出しで、勇猛果敢にこの事態の収拾にかかる作業員の方々50名の記事が掲載された。なんとも感動的な記事だ。

以下は、その記事の冒頭の一部で、高揚した気分で訳した意訳。

Last Defense at Troubled Reactors: 50 Japanese Workers
被災地での原子炉における”最後の砦”:50人の日本の勇士

A small crew of technicians, braving radiation and fire, became the only people remaining at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station on Tuesday ― and perhaps Japan’s last chance of preventing a broader nuclear catastrophe.
火曜の福島第一原発には、放射能と火災に勇猛果敢に立ち向かう、わずかばかりの技術屋の作業員の人たちが残された。恐らく彼らは、原発事故の大惨事の拡散を止める、日本の最後の砦だろう。
(...)
They breathe through uncomfortable respirators or carry heavy oxygen tanks on their backs. They wear white, full-body jumpsuits with snug-fitting hoods that provide scant protection from the invisible radiation sleeting through their bodies.
彼らは、気が詰まるガスマスクと背中に背負う重い酸素ボンベを通じて呼吸している。彼らは、全身を白い頭巾と作業服に覆われてはいるが、それは目に見えない放射能から身を守りためには不十分だ。

They are the faceless 50, the unnamed operators who stayed behind. They have volunteered, or been assigned, to pump seawater on dangerously exposed nuclear fuel, already thought to be partly melting and spewing radioactive material, to prevent full meltdowns that could throw thousands of tons of radioactive dust high into the air and imperil millions of their compatriots.
名も知られず、顔も見えない50名の作業員たちは、現場に残っている。彼らは志願してか、任命されてか、すでに部分的に溶解し、放射性物質を放出し、危険にも露出している燃料棒に向けて、ポンプから水をかけている。何千トンもの高濃度の放射性廃棄物が放出され、数百万人もの彼らの同胞を危険にさらし得る、完全なメルトダウンを防ぐために彼らはこの作業を行っている。
the NY times March 15, 2011



命がけで作業に当たっている人たち。マスコミは現場で懸命に事態の収拾のために奮闘している人たちに焦点を当てない。その代わり責任者の方が頭を下げたりする場面ばかりを報道する。僕たちのために犠牲になっている人たちを、マスコミは称えるべきだろう。なぜそれが出来ないのだろうか?