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 きょう7月26日は53年にカストロさんら有志が祖国の為に決起した革命記念日。カリブでもっとも大きな祭りであるサンティアゴ・デ・クーバのカーニバルの喧噪に乗じて、カストロさんらはモンカダ兵営を襲撃したのですが、もともと26日はキューバのお祭りの日だったんですね。

 祭りと言えば、今月の祇園祭の宵々山の日、キューバの友人が急遽、京都へ家族とともにやって来たので清水寺や祇園を案内して一緒に楽しんでいました。興味深かったのは、祇園祭の人混みに圧倒された友人の感想。「まるでハバナのメーデー行進のようだ」と。なるほど。。その発想はなかったけど一理あるなと思わず笑ってしまいました。私はハバナのメーデーを経験したことはないのですが、今年行かれたキューバ倶楽部の斉藤 真紀子さんはそのお祭りムードについて記されています。

お祭りムードあふれるキューバのメーデーに参加しました! キューバ倶楽部

naginata.png
 
 歩行者天国となった長刀鉾付近の四条通。京都の蒸し暑さと人混みとが重なって、すさまじい熱気が漂っていましたが、日本で一番有名なお祭りを観れてキューバの友人も満足していました。お祭り気分を楽しむことも大事ですが、やはり祇園祭りの本義は疫病・災厄の除去にあるように、キューバのメーデーも労働者の国際的な団結を示すことにあって、サンティアゴのカーニバルもカトリックの宗教的な意味合いが含まれているのかもしれませんね。

サンティアゴのカーニバル


7月26日の革命記念日前後の25日と27日も祝日。映画「キューバの恋人」ではキューバ人がお祭り気分で7月26日の革命式典に向かう様子が映し出されていました。

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悪徳と退廃の歓楽地だったキューバの首都ハバナ~誑かす女LA ENGAÑADORA~
合衆国との国交正常化により観光産業が成長しているキューバ。下記のグランマ紙によると、6月13日の時点で既に海外から200万人の観光客が入国したと観光省が発表した。この数字は昨年より27日早い記録更新となった。キューバの観光客は主に欧米人で、カナダやドイツ、イギリス、合衆国、フランス、イタリア、メキシコ、アルゼンチンが主流層だ。

去年、私がキューバへ行った際は、GWにもかかわらず日本人を見かけたのは空港や朝食を共にした方を除けば1度だけだった。現地で話した観光客はオランダやドイツ、イギリスの方だった。サンタ・クララのゲバラ霊廟ではアルゼンチン訛りの西語を話す団体客もいらっしゃっていた。

余談だがわが国も昨今、海外から注目を集め、下記の観光局の資料によると先月の訪日観光客数は前年同月比15.3%増の189万4千人だったという。

しかし、”観光”といっても、その在り方は実に多様だ。先週は善意通訳者(グッドウィル・ガイド)に登録し、ボランティアでガイドに挑戦したが、オーストラリアからいらっしゃったゲストから糠漬け教室に参加したいというご要望を受け、ご案内した。漬物屋さんの説明を通訳するために江口先生のNHKテキストで予習し、京都の三大漬物を説明するためにパワーポイントでスライドを作成してガイドに挑んだ。漬物教室に参加された動機を尋ねると、「手ごろな価格で料理教室を体験したかった」とのことだったが、最後にはすっかり漬物の虜になられ5千円分も漬物を買われた。このような体験の予習と実践を通じ私自身も奥ゆかしい日本文化の一つ再発見できた。金閣寺や伏見稲荷大社といった人気観光地も素晴らしいが、例えばぬか床に野菜を漬ける体験をされた今回のゲストのように過去に京都を訪問された方は、もう一歩踏み込んだ体験を期待される。リピーターを呼び込むためには、ガイドする側も鍛錬が必要だが、これは日本に限った話ではなく同様に観光産業が成長しているキューバにも言えることだろう。

さて、キューバに話を戻しますが革命前のハバナは異常な観光ブームに沸いていたという。昨日FBページで紹介した「ハバナの夜 」(T.J.イングリッシュ:著)の原書版を読了したが、バティスタ独裁政権の庇護のもとで、マフィアが巣食う悪徳帝国と化した50年代の首都ハバナの退廃ぶりが描かれている。隣国の合衆国から観光客を集めたが、彼らがキューバに期待するのは今日のような健全なものではなく、ギャンブルやショーガールに歓楽を求めた。海外観光客をターゲットとした賭博や性を食い物にする産業がマフィアの投資資金でかつてない規模で繁栄した。なかでも悪名高かったのは中華街にあった上海シアターであり、このことは以前の記事でも触れた。そこには尊厳はなく、ただ悪徳と退廃があるのみであった。
2016.04.23 マフィアに支配されていたキューバの観光産業~ゴッドファーザーⅡで描かれたハバナ~


革命前のハバナの様子は上掲載の動画から閲覧できる。冒頭では52年のバティスタのクーデター直後の映像が流れ、続いて享楽に耽る欧米人、そして傘を片手にトップレス姿で通りを歩く女性。彼女の衝撃的な姿の後に何人か見物人が続くが、映像ではその中に幼い子供の姿も確認できる。

彼女の正体はT.J.イングリッシュの「ハバナの夜」で明らかにされている。私が読んだ原書はイギリス版でタイトルがHavana Mobとなっているが、同内容だと思う。これの第二部LA ENGAÑADORA(誑かす女)第10章を読んで知ったのだが、彼女の名はBubbles Darlene(本名Virginia Lachinia)で合衆国ミネソタ出身、旧市街のセビージャ・ビルトモア・ホテルのナイトクラブで働くパフォーマーだそうだ。プラド通り面するこのホテルはハバナで強大な影響力を持ったマフィア、サント・トラフィカンテJrとつながりがあった。


バティスタのクーデターが起きた1年後の53年、傘を片手に黒のパンツと透明のレインコートのみ身につけた合衆国人が、ハバナのプラド通りに突如現れ、首都中心部の大通りを闊歩した。プラド通りは先月、シャネルのファッションショーが行われた際にFBでも紹介したが、早朝のマレコン通りを撮影する際にここを通って行った。警察官の方が早朝から警邏され、地元の方が通りを清掃されていたが、暗くても安心して歩ける通りだ。

ほぼ裸体姿の女は早速、警察官から職務質問を受ける。すると彼女は「私は誰も欺きたくないの」と応え、当時流行したチャチャチャの「ラ・エンガニャドーラLA ENGAÑADORA(誑かす女)」を口ずさんだ。こうして彼女はミス・バルブーハスMISS BURBUJASと呼ばれ世間の注目を集めた。BURBUJAは泡の意味だがMISS BURBUJASを邦訳するのも妙なので、以下ではミス・バルブーハスとする。

ミス・バルブーハスはこの異常な行動の動機について後に語ったことによると、ラジオでLA ENGAÑADORA(誑かす女)を聴いた彼女は、その歌詞に納得がいかなかったという。いわゆるナイス・ボディに見せるために、女性は詰め物をしたりして細工を施すことがあるが、流行歌のLA ENGAÑADORA(誑かす女)の歌詞はそのような女性を取り上げていた。ミス・バルブーハスは自身がそんな小細工をしていないことを証明するために、常軌を逸する行動に出たという。

「プラドとネプトゥーノ通りの交差辺りを一人の女が行った...A Prado y Neptuno iba una Chiquita..」の歌詞で始まるエンリケ・ホーリンのLA ENGAÑADORA(誑かす女)。

結局、ミス・バルブーハスは50ドルの罰金が科せられ、放免された。その日の夜、彼女のショーには多くの男がやって来たという。結局いい宣伝になったということだ。ミス・バルブーハスとスペイン語で呼ばれたのも親しみを込めてなのだろう。

彼女は独自の芸術的感覚というか哲学を持っていたようだ。しかし、公共の秩序を乱す身勝手な行動は、プラド通りを愛する地元の人の尊厳を傷つけたのではないかと思う。前掲載の動画で彼女の後をついていった子供の親御さんはどう思っただろうか。

ミス・バルブーハスは、当時のキューバの退廃ぶりを後世に伝えるが、もちろんこれは氷山の一角に過ぎないし、彼女に悪意があったとも思えない。しかしT.J.イングリッシュの「ハバナの夜」の同章では、あらゆる卑しい事業が行われた様が描かれている。このような合衆国人による事態に耐えかねたキューバ人が革命を支持したことは想像に難くない。

先日はブログでバティスタの顧問だった悪名高いギャング、マイヤー・ランスキーのご子息がキューバに補償を求めているニュースをとりあげました。今日はゴッドファーザーⅡで描かれたハバナのシーンについて、先日の記事で触れたノンフィクション作家T.J. English氏へのインタビューを題材に書いてみようと思います。
2016.04.19 伝説のギャングのご子息がキューバ政府に補償を請求!?~独裁者バティスタの顧問を務めたマイヤー・ランスキーのホテル・リビエラ~

2009年に行われた上掲載のフィラデルフィアのラジオ番組のトークショーのインタビューに応えられているT.J. English氏は著書Havana Nocturne(ハバナ・ノクターン)で、マフィアがいかに富を築き、革命によってそれを失ったかを記されました。

インタビューの冒頭では作家の紹介後、ゴッドファーザーⅡのハバナのシーンの音声クリップが紹介されています。マイヤー・ランスキーが基になったハイマン・ロスが、ホテルのバルコニーで催されたお誕生日会の場で、ハバナでの事業計画について同胞に打ち明けている場面です。彼らの経営するホテルはラス・ベガスのよりも規模が大きく豪華で、キューバ政府からは資金提供も受けていると。「政府と真の信頼関係」をキューバ政府との間に築いたことを高らかに宣言しています。

T.J. English氏の解説によるとこのシーンは実際に1946年に行われた合衆国のマフィアの集い「ハバナ会議」のオマージュだという。ゴッドファーザーⅡはニューヨークのリトル・イタリーの描写も含め好きな映画の一つです。このシーンも何度か観ていますが、初めて知りました。

映画冒頭で議員とラス・ベガスのライセンス料金を巡って交渉が決裂するシーン。Movie Clipより。ハバナのシーンは残念ながらMovie Clipにありませんでした。

キューバはハリウッド映画の影響もあって、欧米からの観光客で賑っていたのですが、その観光ブームを後押ししたのはかつてない規模でのマフィアの投資資金。興味深いのはT.J. English氏によると、観光客はセックスやギャンブルだけでなく、革命が迫っているスリルをも楽しんでいたという。卑しい娯楽に溺れていた観光客にとって、カストロさんの革命運動はただの刺激的なエンターテイメントでしかなかったということですね。欧米人が楽しむ歓楽街と化したハバナから独裁者とマフィアは大儲けし、華やかなキャバレーやカジノの片隅では搾取構造に苦しむキューバ人が貧困に苦しんでいました。

ゴッドファーザーⅡに戻りますが、主人公マイケルからハバナのガイドを頼まれた弟フレッドが合衆国議員をエキゾチックなセックスショーに案内するシーンがあります。弟フレッドの裏切りが発覚する重要な場面でもありますが、スーパーマンと呼ばれる巨漢が囚われた可憐な少女の前に立ちはだかり、異常なサイズのモノをさらけ出す強烈な場面で印象に残っている人も多いでしょう。インタビューで話題になっていますが、T.J. English氏によると、常軌を逸したあのようなショーも実際に行われていたそうです。ハバナの中華街にあった上海劇場では、あのような倒錯した性的な見世物が行われていて、観光客に人気だったようです。バティスタとマフィアによって築かれた歓楽の帝国は弱者を食い物にして、欧米からの観光客にこのような倒錯した娯楽まで提供していたんですね。

このような状況がいかに革命の火付け役になったかについて、T.J. English氏は著書ハバナ・ノクターンで重要なポイントとして取り上げられているという。独裁者による搾取構造にキューバ人は憤り、革命へと駆り立てたわけですが、マフィアのそれはまさに悪の象徴だったわけですね。興味深いのでまた時間があるときにT.J. English氏の著書ハバナ・ノクターンも読んでみようと思います。

バティスタと共に卑しい事業を行っていたのは、合衆国のマフィアだけではありませんでした。ハバナ生まれのホセ・ミゲル・バトル・シニアもバティスタと共謀し、カジノからの収益の恩恵に授かっていたという。しかし、カストロさんの革命によって亡命を余儀なくされ、後に革命政権打倒のためにピッグズ湾侵攻に参加しました。

T.J. English氏が刊行を予定されているThe Corporationはこのキューバ人マフィアの勃興を描かれているのですが、ハリウッド映画化されるようです。主演はベニチオ・デル・トロ。ハリウッドのゲバラ映画も出演されましたが、あのゲバラ二部作は正直好きになれませんね。今回の役柄のほうがお似合いかもしれません。また、この新作の情報があったらブログでお伝えしますね。

先月のCNNで一風変わったニュースが報じられていた。独裁者バティスタ独裁政権の賭博政策の顧問を務め、ハバナに独自の利権を築いたユダヤ系ロシア人のギャング、マイヤー・ランスキーのご子息が、キューバに対し補償を求めているという。ランスキーは元々ニューヨークに拠点を置いていたギャングだが、禁酒法廃止に伴い法の目を逃れるためキューバへ進出した。


実はランスキーは名画ゴッドファーザーⅡに登場したマフィアの大物ハイマン・ロスの基になった人物でもある。CNN動画で紹介されているシーンでは、アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネに対し、ロスが彼らのビジネスの掟について諭している。This is the business we've chosen!

「マイヤー・ランスキーはニューヨークのギャングでいち早くキューバの可能性に目を付けた。」とノンフィクション作家T.J. EnglishはCNN記事で指摘される。自らも利益を得ることを引き換えに、マフィアの活動を黙認したバティスタ政権のキューバは、マフィアとってビジネスフレンドリーな環境となった。こうして50年代のキューバは欧米からギャンブル、セックス目当ての観光客が集う歓楽街と化し、マフィアはカジノや豪華ホテル建設など観光事業に投資した。

このような状況下の57年にランスキーが築いた豪華ホテルが、ハバナの風光明媚なマレコン通りに面するホテル・リビエラ。しかし、十分に投資を回収できないうちにマフィアにとって一大事が起きた。カストロさんによって導かれたキューバ革命である。独裁政権と結託し美味い汁を吸って来たギャングにも、ついに年貢の納め時が来た。バティスタらは大量の資金を国外に持ち逃げしたが、マフィアが投資したホテルなどの不動産は文字通り持ち逃げ出来ない。彼らはCIAと協力しカストロさんの暗殺を企てるなど、革命政権を転覆させようとしたが失敗に終わった。ランスキーはホテル・リビエラを二度と見ることなく83年に他界した。

半世紀以上の歳月が過ぎ去り、ようやく国交を回復した合衆国とキューバだが、革命政権が国営化して被った企業の損害と、合衆国の経済封鎖によって被った被害を巡る両国の主張は未だかみ合わない。むしろ経済封鎖による被害の方が、補償金額を上回っているというのがキューバ側の主張だ。それでも補償を求められているのがランスーのご子息だ。

自慢のプールも今ではすっかり干上がってしまったホテル・リビエラだが、ランスキーのご子息が補償金を得られる日は果たして来るのだろうか。
 マルティ、ゲバラら見守る革命広場でアメリカ合衆国国歌「星条旗」とキューバの国歌「ラ・バヤメーサ」が演奏され、オバマ大統領がマルティ記念碑に献花されました。この映像をキューバ国民はどのような思いで見ていたのだろうか。

今週の22日、ハバナの中心部、プラド通りに面している大劇場で合衆国のオバマ大統領がキューバ国民に向け歴史的な演説を行いました。
Gran teatro

旧国会議事堂の隣にある大劇場(Gran Teatro de La Habana)。旧市街地と新市街地の境に位置するプラド通り。去年のキューバ旅行前半ではこの近辺のパルケ・セントラルに泊まっていましたが、大劇場(グラン・テアトロ)は夜になると綺麗にライトアップされていました。現在は国立バレー団やオペラ団が公演を行っていますが、もともとはスペインのガリシア移民が集う建物だったそうです。カストロさんもガリシアにルーツを持つ家庭に生まれました。

 これまでキューバの歴史を追って来た僕にとって、この大劇場からキューバ国民にむけたオバマの演説はなかなか感慨深いものがありました。両国間の関係がよく分かる内容となっているので、時間がある方はフル版で聴かれることをお薦めします。下記では少しだけこの演説について紹介しようと思います。

冒頭ではキューバ訪問中に偶発的に起きたブリュッセルで起きたテロ事件に対し言及し、これに対し、国籍、人種、信条などの違いを超え連帯していく意思を表明。次に家族とともに迎えてくれたキューバに感謝の意を表されました。そして大統領はキューバ独立の使徒ホセ・マルティの詩の一節を引用、“Cultivo una rosa blanca.”直訳すると「私は白い薔薇を育てます」。マルティは親友だけでなく憎むべき敵のためにも白薔薇を育てると詠んでいます。これと重ね、オバマ大統領は今回の訪問はキューバ国民に敵意がないこと、両国間の平和のために訪問したことを伝えられました。

 次にオバマ大統領は両国間の引き裂かれた歴史について、自身のことも交えて語り始めました。ちょうどキューバ革命が起きた年にオバマ大統領の父がケニアから合衆国へやって来たこと、ピッグズ湾事件が勃発した年にご自身が生まれたことに言及。そしてその翌年、世界を震撼させたいわゆるキューバ危機が起きたことに触れ、「私は米州の冷戦の遺物を葬り去るためにここに来ました。キューバ国民に友好を差し伸べるために来たのです」と訴え拍手喝さいを得ました。冒頭でベルギーで起きたISによるテロ事件に対し、世界中の国が連帯して対峙していくことを表明されましたが、演説前にちょうど偶発的に起きた事件とはいえ、時代の移り変わりを感じさせられます。半世紀前では世界はイデオロギーを巡って東西に二分されていましたが、今日においてはテロに対する戦の時代となりました。

その後、両国がいかに共通の文化、軌跡、価値観を共有しているかを伝え、一方で体制の違いについても言及。国交正常化に至った経緯、その必要性を訴え、スペイン語で「私はキューバ国民を信じているCreo en el pueblo Cubano」と述べ、単なる政府方針だけでなく両国民間で真の国交正常化を果たしていこうと呼びかけました。

一方で、正常化の流れに反対の立場の議員が議会にいることも触れ、次期大統領選で共和党に勝つための候補に、民主党は女性と社会主義者の候補者がいるが(ヒラリーとサンダース候補のこと)、キューバ革命が起きた1959年では考えられないことだ、いかに合衆国の民主主義が進展したかを体現していると述べると、観覧席は喝采とともに笑い声が湧き上がりました。

この様な調子でオバマ大統領は演説を続けられたが、観覧席からの反応も含め概ね好評を得ていたのではないかと思います。特にキューバの若い世代に対し、変化を起こして欲しいという強い期待が感じ取れました。

「キューバの未来はキューバ国民の手に委ねられている」El futuro de Cuba tiene que estar en las manos del pueblo Cubanoとスペイン語で訴えたオバマ大統領。もちろん今回の訪問で何かが急に変わるというほど甘くはありません。大統領が対キューバ経済制裁を廃止すると言ったところで、議会の強い反対がある以上、ことは進展しませんし、その他にも人権問題を巡った両国間の食い違い、さらにはグアンタナモ基地の問題と課題は山積しています。

 しかし、今回の訪問の目的、すなわちキューバ国民に合衆国に対し親近感を与えること、特に若い世代に対し変化を促すメッセージを伝えることに関しては概ね成功したのではないと思います。すべてはキューバ国民に好感を与えるための策といえばそれまでですが、政治は演出が肝要。今回の外遊でオバマは旧市街地を散策したり、野球観戦を行ったり、さらには合衆国大使館にキューバのコメディアンの協力を得て友好ムードを演出させる動画まで制作されました。

Yesterday, President Obama made history. For the first time ever, Air Force One touched down in Havana, Cuba: http://go.wh.gov/sBvtMt #CubaVisit

The White Houseさんの投稿 2016年3月21日



 ついにパンフィロと会談されたオバマ大統領。初めてのドミノに加わり、キューバ人のマシンガントークに付き合わされ、疲れが顔に出ていますね。野球観戦には専用のリムジン車ではなくビシタクシー(人力車の自転車版)でスタジアムへ向かわれてはと提案される羽目に。今どきの大統領は外交のためにコメディ出演までしなければならないから大変。

無事キューバ訪問を終えた後、一息つく間もなくアルゼンチンへ向かわれ、今度はタンゴを踊られました。。ペロニスタのキルティナス大統領に代わり新自由主義路線を打ち出したマクリ大統領と新たな関係を築くのが狙いでしょう。私のアルゼンチンの知人はまたアルゼンチンに暗黒の時代が訪れると嘆いていましたが。

 アルゼンチンも含めて左派ラテンアメリカは路線転換を迫られているのが現状ですが、もちろんこれに対し猛反発する国民もいます。友好ムードを演出し、巧み人心を掴んで来ようとする合衆国。しかし、ラテンアメリカでは合衆国から干渉され、軍事政権がはびこり多大な犠牲を出した記憶が真新しい。これまでさんざん合衆国に踊らされていたラテンアメリカですが、どのように折り合いをつけ、諸問題に取り組んでいくかが注目されます。
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