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ゲバラは、1965年4月にコンゴへ発つ前にカストロさんを含め数多くの手紙を革命の同志に残している。その中に学生時代に共に南米縦断を果たしたアルベルト・グラナドスへ宛てた手紙があるが、真の友情とは何かこの文面から感じ取れる。

No sé que dejarte de recuerdo. Te obligo, pues, a internarte en la caña de azúcar.
僕は思い出に何を君に残せばいいのか分からない。だからサトウキビの研究をするという課題を任せる。
Mi casa rodante tendrá dos patas otra vez y mis sueños no tendrán fronteras, hasta que las balas digan al menos.
僕の移動住宅はまたもや、二本足で歩くことになるだろう。
僕の夢は国境なんて関係ない、弾丸で決着をつけるまでは。
Te espero, gitano sedentario, cuando el olor a pólvora amaine.
硝煙の匂いがおさまったら、君が来てくれるのを待つよ、
放浪をやめたジプシーである君を。
Un abrazo a todos ustedes, inclúyeme a Tomás.
トーマスも含め、君たちみんなに抱擁を送るよ
Che
チェ

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マンボ・タンゴ号(イカダ)の上でポーズを決める二人。右がゲバラ、左がグラナドス。
con-la-motocicleta.jpg

バイクでのラテンアメリカ縦断で、地方の貧困、医療を受ける機会の不足、先住民の公民権の剥奪などを目の当たりにし、革命を決意した2人。しかし変革のあり方、達成方法では、ゲバラとグラナドスの両者の考え方は全く違ったものだった。
ゲバラは帝国主義に対抗するためには武力闘争しかないと考えたが、グラナドスはもっと平和的な、他の方法があると考えていた。そのことは、この手紙からも感じ取れる。
共にキューバを解放したカストロ宛ての手紙は革命化同士の絆が感じ取れる一方、グラナドスに対する手紙からは男同士の真の友情が感じ取れ、何か微笑ましいものがある。
cfゲバラから別れの手紙、カストロさんの朗読

3月5日グラナドスさんが亡くなられたニュースがCubaDebateに掲載されていた。
Falleció Alberto Granado, amigo del Che y de Cuba
グラナド氏の遺言により、遺体は火葬され遺灰は、彼の祖国アルゼンチン、生物化学者として尽くしたキューバ、ベネズエラにまかれる。

↓のビデオはモーターサイクルダイアリーズのエンドロールで流れる "Al otro lado del río"

今頃は2人で三途の川をイカダで渡っているところだろうか。
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アレイダ(Aleida Guevara)さんが来日中で大阪で講演会されていたことを、講演が終わった後に知って、あ~逃してしまったなぁってちょっぴり後悔しています。。。。wカストロさんだったら東京や広島でも飛んでいきますけど、娘さんなので、ん~まぁ仕方ないかってな感じです
講演に行かれた方は、感想を書かれていますね。キューバの有機栽培とかについても述べられたそうです。ちょうど僕は吉田さんのキューバの農業についての著書を読んでいたこともあって興味はありますが。


OpenSesame Organic deli+cafe  アレイダ・ゲバラさんの講演会を聴いて


Che_Guevara_-_Familia.jpg
ゲバラは、キューバを去る前に、娘のアレイダさんらや、友人に宛てて手紙を残している。
Cartas de despedida a su familia Ernesto Guevara . 1965
Carta de despedida a sus hijos
A mis hijos Queridos Hildita, Aleidita, Camilo, Celia y Ernesto:
僕の愛しい子供たち、イルディタ、アレイディタ、カミロ、セリア、エルネストへ

Si alguna vez tienen que leer esta carta, será porque yo no esté entre Uds.
Casi no se acordarán de mi y los más chiquitos no recordarán nada.
Su padre ha sido un hombre que actúa como piensa y, seguro, ha sido leal a sus convicciones.
いつかお前たちが、この手紙を読まねばならないとしたら、それは父さんがこの世にいないからだろう。父さんのことをほとんど覚えていないだろうし、幼い子供たちは何も思い出せないだろう。
父さんは考えどおりに行動した人間であったし、信念に忠実だったと確信している。

Crezcan como buenos revolucionarios. Estudien mucho para poder dominar la técnica que permite dominar la naturaleza.
Acuérdense que la revolución es lo importante y que cada uno de nosotros, solo, no vale nada.
立派な革命家になりなさい。しっかり勉強して、自然に精通できる技術を身につけなさい。
革命は、大切なことで、僕たちがそれぞれ1人でいては、何の役にも立てないことを覚えておきなさい。

Sobre todo, sean siempre capaces de sentir en lo más hondo cualquier injusticia cometida contra cualquiera en cualquier parte del mundo. Es la cualidad más linda de un revolucionario.
とくに、世界のどこかで、だれかに不正な目に遭っているとき、いつでもその痛みを最も強く感じ取れるようになりなさい。それこそが、革命家の最大の美徳です。


Hasta siempre hijitos, espero verlos todavía.
Un beso grandote y un gran abrazo
de papá
さよなら、またいつかお前たちに会えるのを楽しみに待っている。
精一杯のキスと抱擁を送ります。
パパより


世界のどこかで、だれかに不正な目に遭っているとき、いつでもその痛みを最も強く感じ取れるようになりなさい、の箇所は名言集とかでもよく紹介されてますね。ゲバラが尊敬するホセ・マルティも同じような言葉を残しています。
"Todo hombre verdadero debe sentir en su mejilla el golpe dado a cualquier mejilla de otro hombre."
真摯な人間は、他の人が頬をぶたれたら、自身の痛みのように感じなければならない

ちょっと訳が自前で下手ですが。。。。他の本でも紹介されていて、カストロも演説でよく引用するマルティの台詞です。確かゲバラ自身も演説で引用していたかな。


アレイダさんは著書で、父ゲバラについての記憶を以下のように書いている
原文ならネット上で上の手紙と同様、以下のリンクから見れます
Mamá. ese hombre está enamorado de mí Aleida Guevara March
De mi papá los recuerdos son escasos y casi siempre están formados por terceras personas. Él trabajaba día y noche, lo veía muy poco.
父の記憶はほとんどありません。第三者から見聞きしたことばかりです。父は毎晩、遅くまで働いていてめったに会えませんでしたから。

ゲバラは、ボリビアへ行く前に、ラモンという老人に変装して、家族と最後のひと時を過ごしている。
そのときのことをアレイダさんは、そのラモンについてお母さんに以下のように行っていたと回想されている
Mamá te tengo que decir un secretico.
Yo creo que ese hombre está enamorado de mí, le dije
「ママ、内緒よ。
あの人は、私のことを好きなんだと思うわ。」
と私は言いました

このシーンは映画の「チェ、最後の手紙」でも再現されてましたね。
なんとも切ない。。。。。でもこれが革命家の現実なんですね
カストロさんが今から45年前の、1965年10月3日(同じく日曜日)、ハバナのチャプリン劇場で開かれた集会で、ゲバラから受け取っていた手紙を朗読した。
いつもまでも忘れられない日となるだろう....
今日のグランマの1面で、45年前にカストロさんが悲しそうな声で朗読した別れの手紙が朗読された時の写真が掲載された
Y será por siempre un día inolvidable
fidel_comite_central.jpg
この別れの手紙はかなり有名で、ゲバラのドキュメンタリーや映画では必ずといっていいほど紹介されている。
ただ朗読の一部しか紹介されていないので、youtubeにアップされていたオリジナルに日本語字幕を以前つけたので、ここでその動画を掲載して、原文を交えて手紙が読まれた背景についてこの記事で追記という形で解説してみます。
原文のテキストは以下のサイトにあります
http://www.gaikoku.info/spanish/video/che.htm

手紙だけでなくチャプリン劇場での集会でカストロが話した内容(手紙の朗読も含む)は、以下のリンクからスペイン語で閲覧できます
Discurso pronunciado en el Acto de presentación del Comité Central del Partido Comunista de Cuba, efectuado en el Teatro “Chaplin”, el 3 de octubre de 1965. (Español)
日本語訳は「チェ・ゲバラの記憶」に載ってます

チェ・ゲバラの記憶チェ・ゲバラの記憶
(2008/05)
フィデル・カストロ

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Hay una ausencia en nuestro Comité Central, de quien posee todos los méritos y todas las virtudes necesarias en el grado más alto para pertenecer a él y que, sin embargo, no figura entre los miembros de nuestro Comité Central.
われわれ中央委員会には、ある人物がいません。委員会に所属するのに必要な業績や人徳をだれよりも多大に有している人物ですが、中央委員会のメンバーの中に、その名前がないのです。

Y para explicar esto vamos a leer una carta aquí de puño y letra, transcripta a máquina, del compañero Ernesto Guevara (APLAUSOS),
このことを説明するために、いまから手紙を読みましょう。これは彼の自筆の手紙を、タイプライターで転写したものです。同志エルネスト・ゲバラの(拍手)
que por sí mismo se explica.
この手紙がすべてを物語っています
Y dice así.
朗読します

チェの不在について、納得できないキューバ国民を前に「別れの手紙」を朗読するカストロさん。様々なゲバラの不在について憶測が流れ、手紙を公表せざるを得なかったという事情もあるが、この手紙の朗読には大きな意味があった。
Habana, año de la Agricultura.
ハバナ 農業の年
Fidel,
フィデルへ


キューバでは、年度ごとにテーマが決められている。65年は農業の年だった。
以下は別れの手紙をカストロさんが朗読した動画に字幕をつけたもの。ニコニコでもアップしてます

"Me recuerdo en esta hora de muchas cosas, de cuando te conocí en casa de María Antonia, de cuando me propusiste venir, de toda la tensión de los preparativos.
 今、僕はいろいろなことを思い出している。初めてマリア・アントニアの家で会ったときのこと。僕に、こいよと誘ってくれたときのこと。準備を進めていたときは緊張したね。


"Un día pasaron preguntando a quién se debía avisar en caso de muerte y la posibilidad real del hecho nos golpeó a todos. Después supimos que era cierta, que en una revolución se triunfa o se muere (si es verdadera). Muchos compañeros quedaron a lo largo del camino hacia la victoria.
ある日、「きみらが死んだら誰に通知するか」と聞かれたときは、確かにそんな可能性があるんだ、と思い知った。革命では(それが本当の革命であれば)勝利か、さもなければ死しかない。勝利への道半ばで、多くの同志が置き去りにされた。


"Hoy todo tiene un tono menos dramático, porque somos más maduros, pero el hecho se repite. Siento que he cumplido la parte de mi deber que me ataba a la Revolución Cubana en su territorio y me despido de ti, de los compañeros, de tu pueblo, que es ya mío.
僕たちは大人になってしまって、いまでは何もかも前のようにドラマティックな感じがしないが、それでもいろいろな出来事が繰り返し起こっている。僕は、キューバでの革命における自分の任務は、もう果たせたと思う。だから、きみにはさよならをいおう。同志に、きみの、そして今は僕のものでもある国民に、さよなら、と。


"Hago formal renuncia de mis cargos en la Dirección del Partido, de mi puesto de Ministro, de mi grado de Comandante, de mi condición de cubano. Nada legal me ata a Cuba, solo lazos de otra clase que no se pueden romper como los nombramientos.
僕は公式に党指導部での地位、大臣としての地位、少佐としての階級、キューバ市民としての資格を、捨てる。法的に僕をキューバに結びつけるものは何もない。しかし、ただひとつ公的に退職したからといって断ち切られない絆は残っているよ。


"Haciendo un recuento de mi vida pasada creo haber trabajado con suficiente honradez y dedicación para consolidar el triunfo revolucionario. Mi única falta de alguna gravedad es no haber confiado más en ti desde los primeros momentos de la Sierra Maestra y no haber comprendido con suficiente celeridad tus cualidades de conductor y de revolucionario. He vivido días magníficos y sentí a tu lado el orgullo de pertenecer a nuestro pueblo en los días luminosos y tristes de la Crisis del Caribe. Pocas veces brilló más alto un estadista que en esos días, me enorgullezco también de haberte seguido sin vacilaciones, identificado con tu manera de pensar y de ver y apreciar los peligros y los principios.
これまでのことを振り返ってみると、革命の勝利を固めるため、誇りを持って献身的に働いてきたつもりだ。大切な点で間違っていたのは、きみのことをシエラ・マエストラのはじめの頃からちゃんと信頼していなかったこと、指導者・革命家としての君の能力をぱっと早くから見抜けなかったことだけだ。素晴らしい毎日だった。あの輝かしくもつらいカリブ危機の時は、君の側にいて、僕たちの国民のひとりであることを誇らしく思っていた。あの頃の君ほど光り輝いていた政治家がいるだろうか。ためらいなく君に従い、ものの見方を受け入れ、危険と原理を理解できたこと。それも僕には誇りなのだ。


"Otras tierras del mundo reclaman el concurso de mis modestos esfuerzos. Yo puedo hacer lo que te está negado por tu responsabilidad al frente de Cuba y llegó la hora de separarnos.
ささやかな僕の力を求めている国がある。僕はそれにこたえられる。しかしキューバの最前線にいる君には、出来ないんだ。僕たちが別の道を歩むときが来た。


"Sépase que lo hago con una mezcla de alegría y dolor: aquí dejo lo más puro de mis esperanzas de constructor y lo más querido entre mis seres queridos... Y dejo un pueblo que me admitió como un hijo; eso lacera una parte de mi espíritu. En los nuevos campos de batalla llevaré la fe que me inculcaste, el espíritu revolucionario de mi pueblo, la sensación de cumplir con el más sagrado de los deberes: luchar contra el imperialismo dondequiera que esté: esto reconforta y cura con creces cualquier desgarradura.
分かって欲しい。この仕事に取り組むのは、うれしくもあるし、悲しくもある。建設者として抱く最も純粋な希望を、他の誰よりも愛する人々を。僕を息子として受け入れてくれた国民を、後に残していかなければならない。それが本当につらいのだ。新しい戦場にもっていくのは、君から教わった信念と、キューバ国民の革命精神、そして最も神聖な義務、そう、どこにあろうと、帝国主義と戦うという義務をまっとうしたいという思いだ。これがつらい気持ちを慰め、癒してくれる。


"Digo una vez más que libero a Cuba de cualquier responsabilidad, salvo la que emane de su ejemplo. Que si me llega la hora definitiva bajo otros cielos, mi último pensamiento será para este pueblo y especialmente para ti. Que te doy las gracias por tus enseñanzas y tu ejemplo y que trataré de ser fiel hasta las últimas consecuencias de mis actos. Que he estado identificado siempre con la política exterior de nuestra Revolución, y lo sigo estando. Que en dondequiera que me pare sentiré la responsabilidad de ser revolucionario cubano, y como tal actuaré. Que no dejo a mis hijos y mi mujer nada material y no me apena: me alegra que así sea. Que no pido nada para ellos pues el Estado les dará lo suficiente para vivir y educarse.
キューバには、いかなる責任もない。キューバが手本となったことで何らかの責任は発生するだろうがね。最後の日を異国の空の下で迎えようとも、僕はいまわのきわまでキューバ国民と君の事を思うよ。大切なことを教えてくれて、ありがとう。自分が行ったことが、最後にどんな結果を生むか、そこまで君の教えや手本に忠実でありたいと思う。いつも僕はキューバ革命の外国政策に同意してきたし、これからもそうするつもりだ。どこで死のうと、キューバ革命戦士であることに責任感を持ち続け、革命戦士として行動しよう。妻子には、物質的なものは何も残さないが、悲しいとは思わない。むしろうれしい。彼女たちのために何をして欲しいとも望まない。国家が生活と教育の面倒をみてくれるだろうから。


"Tendría muchas cosas que decirte a ti y a nuestro pueblo, pero siento que son innecesarias, las palabras no pueden expresar lo que yo quisiera, y no vale la pena emborronar cuartillas.
君に、僕たちの国民に、いいたいことがたくさんあるのだが、言う必要もないだろう。言葉では伝えたいことを表せないし、これ以上紙を費やすまでもない。


Hasta la victoria siempre.
勝利の日までたゆまずに前進を!



¡Patria o Muerte!
祖国を、さもなければ死を。
Te abraza con todo fervor revolucionario
革命家としての熱い思いをこめて、せいいっぱい君を抱きしめよう。


Che
チェ

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