暗黒の土曜日と呼ばれた62年、10月27日、陸海空すべての領域において米ソの緊張がピークに達した。空中では核爆弾を積み込んだ戦略爆撃機が待機し、陸上では東西の陣営が戦略核を互いの陣営に打ち込む態勢が整えられ、キューバのビーチに上陸する米兵を一掃できる戦術核弾頭が搭載された地対地ロケット砲も配備されていた(他にも巡航ミサイルがあった)。海上ではケネディが発表した臨検態勢の下、米ソの船が睨み合っていた。水面下においても例外ではなかった。

キューバ危機50周年を記念して合衆国のPBS(公共放送サービス)が制作した番組、「世界を救った男」"The Man Who Saved the World"は興味深い。キューバ危機時には、カリブ海に核魚雷を搭載した4隻のソ連の潜水艦が潜航していた。この番組ではサヴィツキー艦長のB59に乗艦していた ワシリー・アルキポフ中佐が英雄として取り上げられている。

核魚雷はモスクワからの指令が届かない限り、発射することが出来ないことになっていたが、許可のない発射を防ぐ措置は講じられていなかったそうだ(↓マイケル・ドブズさんの著書 cap13 Cat and Mouseより 邦訳あり)
外部との通信が遮断される水面下で隠密作戦を行う潜水艦においては、核の使用の判断も、場合によっては彼ら自身の裁量に委ねられる。広島に投下された原爆の威力に匹敵する核弾頭を搭載した魚雷発射は、艦長のサヴィツキー中佐と政治将校、そしてワシリー・アルキポフ中佐の三名が合意すれば、いつでも発射可能であった。

One Minute to Midnight: Kennedy, Khrushchev, and Castro on the Brink of Nuclear War (Vintage)One Minute to Midnight: Kennedy, Khrushchev, and Castro on the Brink of Nuclear War (Vintage)
(2009/06/02)
Michael Dobbs

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核時計零時1分前―キューバ危機13日間のカウントダウン

27日の午後6時半、U2機撃墜がホワイトハウスに知らされた頃、ソ連のB59潜水艦は合衆国海軍に追い詰められ、強制浮上を迫られていた。合衆国海軍は演習用の爆雷を用いて浮上するよう信号を送っていたのだが、その際の爆音がソ連のサブマリーナーを刺激した。追い詰められた艦長は、戦争が既に始まってしまった可能性を考え、核魚雷発射を命じたのであった。。艦長と政治将校は合意したものの、残りの一人であるワシリー・アルキポフ中佐は核の使用に反対する。階級はサヴィツキー艦長と同じであったが、権限は艦長の方が上であった。もし彼が、勇気を以って反対していなかったら、B59の核魚雷発射が第三次世界大戦の引き金となっていたかもしれない。

このようにキューバ危機においては、ケネディ、フルシチョフ、カストロさんの意思に反し、核戦争が起こる危険をはらんでいた。恐ろしいのは、これが「沈黙の艦隊」などのフィクションと違い、現実にあったということだ。。かわぐちかいじ氏の「沈黙の艦隊」に登場する「やまと」は原子力潜水艦なので、原子力の恩恵に授かり悠々と航海していたが、B59はディーゼル潜水艦。バッテリー残量が少なくなれば、艦内の環境は劣悪になる。

核魚雷が使われる瀬戸際において、B59の艦内の二酸化炭素濃度は致命的で、カリブ海に潜っていたこともあり、蒸し風呂状態であった。しかし、そのような劣悪な環境下においても、冷静に核の使用に反対する人がいた。耐え難い環境下においても任務を全うしようとする人たちがいた。彼らこそ、キューバ危機時における真の英雄だったのかもしれない。

余談だが、今年広島へ行った際に、海上自衛隊呉史料館 「てつのくじら館」に行ってきました。
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実際に運用されていたディーゼル潜水艦の艦内を探検できるんですが、潜水艦内は狭いっすね。。それに加えて上記の環境を考えると、キューバ危機時にカリブ海を潜航していたソ連のサブマリナーらには脱帽させられる。
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キューバの記章があったので撮影しましたが、ソ連(ロシア)のも撮っとけばよかったかな。
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