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私が去年のキューバ旅行で撮った写真が、NYタイムズのベストセラー「ハバナの夜」の訳本のカバー写真に採用された縁で著者のインタビューを聴いて原書を読んで、キューバで暗躍した組織犯罪について知ることが出来た。
Malecón, Havana
ブログの旅行記で掲載した写真が出版社の方の目に留まり、カバー写真にしたいというオファーを頂いたので、当然マフィアなんて撮影当時には頭の片隅にすらなかった。私の読んだUK版の原書の表紙ではショーガールと独裁者バティスタ、マフィアの大御所ランスキーによって構成されていて、一目見ただけで裏社会を描いた本だと分かる。
cover 18a
一方、日本語版のは月光が映えるライトアップされたマレコン通りで幻想的な雰囲気だが、一見マフィアとの関連性は薄いように思える。しかし、写真右部にはマフィアの歴史的会議が開催されたホテル・ナショナルがあり、さらにマフィアの後ろ盾だったバティスタの多大な資金投入で58年に建った旧ヒルトン・ホテルも確認できる。ヒルトンは革命政権によって接収され、現在はハバナ・リブレのネオンサインに照らされているが、当時はホテル・ナショナルなどと同様にカジノを保有し、キャバレーショーやナイトクラブもあった。旧ヒルトン・ホテルもマフィアが築いた歓楽地の下で商売が成り立っていたことがイングリッシュ氏のノンフィクション「ハバナの夜」で記されている。

「ハバナの夜」でなかでも興味深かったのは、ユダヤ系マフィアのランスキーが59年の革命後にこれは共産主義革命だと結論づけてハバナから脱出を図るシーン。信頼していた部下のアルマンド・ハイメ・カシエジェスと国外脱出しようとしたとき、彼が思いがけないことを言った。
「これは共産主義革命なんかじゃありません。フィデリスタの革命なのです。私はこの革命に残ります。フィデルの革命なのだから。」彼はランスキーから信頼されメンターとして慕っていたが、金より革命に心が動かされた。仕事を失ってまで、仕えるボスが不在で、カジノが閉鎖される革命政権のキューバに残る覚悟に胸が熱くなった。ランスキーは自分自身を否定されたような衝撃に驚きつつも、ホテル・ナショナルの庭のベンチに腰掛けながら少年期の体験を語り部下の説得を試みた。彼は12歳まで帝政ロシアに住んでいたが共産主義のロシア革命によって郷里を離れることを余儀なくされ、合衆国へ移り住んだ。実体験を基にキューバ革命は共産主義だと警告するランスキーだったが、彼の部下のハイメは「仮にそうだとしても、人民のための革命です。」と言い結局キューバに残ることになった。カストロさんの革命とマフィアの価値観の衝突をイングリッシュ氏はアルマンド・ハイメ・カシエジェスの証言を基に巧みに描写している。
nacional jardin
ホテル・ナショナルの庭は宿泊者以外にも利用可能で、マレコン通りを見渡すことが出来る。私は夕暮れ時に立ち寄り、椅子腰掛けピニャコラーダを一杯いただいた。カバーに採用された上掲載の写真とちょうど正反対の方面から撮影。
nacional hotel
ホテル・ナショナルは正面から見上げると迫力がある。最上階でマフィアのキューバにおける事業計画を話し合うハバナ会議が開催されたことは以前書いた。
2016.04.23 マフィアに支配されていたキューバの観光産業~ゴッドファーザーⅡで描かれたハバナ~

旅行中にマフィアに関連する写真がないか探していたら、まさにそのマフィアが写っている写真を発見!?
famoso.jpg
ホテル・ナショナルはちょっと立ち寄っただけだったが、有名人が利用したカクテルのバーの宣伝が目に留まり撮ったもの。ジョニーディップの下は名画ゴッドファーザーのコルレオーネ家のドンを演じたマーロン・ブランドで分かりやすいが、左の帽子をかぶり浮かなそうな顔をした白黒写真は実在のマフィアである。彼の名はアルバート・アナスタシアでマーダー・インクの副頭領で恐れられていたが、ハバナにおける利権衝突でこの世から葬られた。「ハバナの夜」でも記されているので詳しい話はそちらを参照して頂きたい。そして、見逃せないのがピニャコラーダの文字の左横にいる笑顔でナイスミドルといった感じの男性。彼は有名なマフィア、ラッキー・ルチアーノ。「ハバナの夜」ではルチアーノがランスキーに招かれ、祖国イタリアからハバナ入りするシーンから始まる。

ランスキーは資金と共に国外脱出したが、革命政権下でも裏ビジネスを続けようとするマフィアもいた。ランスキーに次ぎハバナで力があったマフィア、サント・トラフィカンテ・ジュニアは、革命が起きても所詮首がすげ代わるだけだろう思っていた。マフィアが独裁者と共に築き上げた悪徳の帝国の経済はすっかりマフィアの事業に浸っており、いまさら抜け出すことなど不可能だと考えていたのだ。しかし、カストロさんが率いるキューバ革命は金より正義を選んだ。

この経緯はヒストリーチャンネルのドキュメンタリーの予告動画で簡潔に語られている。革命政権に拒まれたトラフィカンテらマフィアはCIAに協力しカストロさんの暗殺を企てるが、成果をあげることは出来なかった。ケネディは多額の資金を投じマングース作戦というテロ活動でカストロさんの革命打倒を試みたが、ピッグズ湾侵攻同様に失敗に終わった。

それにしても、なぜ彼らは巨額の資金を投じてもカストロさんを暗殺できなかったのか?国際連合の総会に出席するためニューヨークに向かう飛行機で、カストロさんは記者が「あなたはいつも防弾チョッキを着ていると聞いていますが」という問いに対し「私はモラルという名のチョッキを着てニューヨークにやって来た。これがあれば心強い。このチョッキがいつも私を護ってくれてきたんだ。」と返答されている。カストロさんが今日まで生存されて来られたのはこの“モラル”があったからではないかと私は思う。先に紹介したアルマンド・ハイメ・カシエジェスさんが、マフィアの大御所の下での身入りの良い仕事を拒み、革命政権下のキューバに残ったように、ときに人は金よりモラルを優先する。CIAはマフィアだけでなくカストロさんの元愛人にも暗殺を依頼したが、彼女は当時、旧ヒルトン・ホテルに司令部を構えられていたカストロさんの個室に潜入し銃口をカストロさんに向ける段階までいけたものの、良心からトリガーを引くことは出来なかった。

キューバ革命は結果的にソ連に近づくことになり、社会主義化したがマフィアやCIAはカストロさんが率いた革命の本質を見誤っていた点に、根本的な間違いがあったように私は思う。それはキューバ独立の使徒ホセ・マルティの時代からキューバ人が求めて来た人道主義に基づいた革命であったのだ。合衆国とキューバは国交正常化の道を歩んだ今日でも、キューバ革命の真髄を誤解している人は多い。「ハバナの夜」の著者もカストロさんを「ラ・エンガニャドーラ」(詐欺師)と描写している箇所が上記のハイメ氏の証言後にあるが、私はこのような記述は間違っていると思う。
まず文法的誤りがある。「ラ・エンガニャドーラ」は女性名詞であり、男性の詐欺師なら「ラ・エンガニャドール」となる。恐らくこれは、前記事でも紹介したミス・バルブーハスを著者のイングリッシュ氏が同書で紹介していたからこれと混同していたのだろう。たしかにバストを偽装した女性なら「ラ・エンガニャドーラ」となる。(詳細は前記事参照)。そして、カストロさんを詐欺師呼ばわりすること自体がそもそもの誤りである。冷戦下で生き残るために巧みな戦術を国際社会で行使されたが、民を欺くことは決してなかった。

「ハバナの夜」のカバー写真になったマレコン通りの写真を撮ったあと、私はホテル・ナショナルが建つベダード地区方面へマレコン通り沿いを歩いて行ったが、途中で片足を失われた方が介護の方と共に早朝のマレコン通りで涼まれたり、腕立て伏せをされている方に出会った。キューバは経済的に貧しい国だが、福祉国家でもあり国民皆が等しく医療・教育の機会に授かっている。革命の本質である人道主義が今日まで貫かれているからこそ、今でも多くのキューバ人が革命政権を支持するのだろう。


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