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9月8日からNHKで毎週土曜日に放送されていたドラマ「負けて、勝つ 〜戦後を創った男・吉田茂〜」が最終回を迎えた。戦後から講和まで日本が歩んできた歴史。汚い政治の世界から"パンパン"という用語まで、いろいろな意味で際どい問題を扱っていたが、僕のような若い世代が現代史を考える契機になり得るドラマだと思う。

タイトルの「負けて勝つ」に続きドラマ内で吉田茂が言った「独立を勝ち取るまで泥の汁をすすり続けます」という台詞が印象に残った。講和条約後も日本は安保などの問題を抱えるが、国益の観点から見れば吉田茂の成し遂げたことは概ね正しかったのだろう。

ゲバラが来日したのは、51年にサンフランシスコ平和条約が締結されてから8年後のことだった。ちょうど安保闘争が展開された時期に重なる。帰国後、ゲバラは日本についてレポートを書いたことは広島の原爆の記事で触れたが、そこでは次のように記されている。
Visitamos una pequeña porción de fábricas de una pequeña parte de la isla, nos dimos cuenta de la pujanza industrial del país, pero también salta a la vista la sujeción indiscutible al poder norteamericano.
われわれはこの島国のほんの一部分における、わずかな工場を訪問したに過ぎないが、この国の工業の成長ぶりを目の当たりにした。しかし、北アメリカの勢力に従属しているということも明らかである

Recúperese Japón de la tragedia atómica.
Publicado en la revista Verde Olivo el 19 de octubre de 1959

ゲバラと言えば、このドラマ内であのダレスが後半パートで登場していた。ゲバラが革命家になるきっかけを与えたダレスについて語っている音声が残されている。

Sin embargo, vino la agresión, la agresión que desatara la United Fruit, el Departamento de Estado, Foster Dulles  -en realidad es lo mismo-, y el títere que habían puesto, que se llamaba Castillo Armas
ところが侵略が起きた。ユナイテッド・フルーツ社、国務省、フォスター・ダレス-これらは事実上同じものだが-
そして、奴らが仕組んだ操り人形によって侵略が引き起こされた。傀儡の名はカスティージョ・アルマスという。

日米安全保障条約の”生みの親”として知られるダレスは強大な反共主義者として知られている。かくして日本は冷戦構造下で西側陣営の優等生として役目を果たしていくことになった。


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