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今日、文学賞の発表があるとニュースで知りましたが、まだ一時間早いようです。TVでは世界中でハルキストなる連中が日本文学に熱中しているとか。去年、対候補のリョサに栄冠を持っていかれた作家は、今年こそハルキスタの期待に応えて受賞できるのでしょうか。

というのは余談。最近アメリカの文豪スタインベックの文学にハマっているので、50年前に彼がスウェーデンで行ったスピーチについて書こうと思う。
nobel.jpg
スタインベックがノーベル賞を受賞したのは62年、キューバ危機が起きた年。彼は演説内で直接そのことに触れていなかったが、スピーチの2か月前に起きた核戦争の危機が彼の脳裏にあったのは確かだろう。
Nobel saw some of the cruel and bloody misuses of his inventions. He may even have foreseen the end result of his probing - access to ultimate violence - to final destruction. Some say that he became cynical, but I do not believe this. I think he strove to invent a control, a safety valve. I think he found it finally only in the human mind and the human spirit. To me, his thinking is clearly indicated in the categories of these awards.
ノーベルは、自らの発明が痛ましく残虐な目的に悪用されるいくつかの事例を、目の当たりにしました。彼は自らの探求の行く末を達観していたのでしょう。つまり暴力への成れの果て、最終的には破壊へ行き着く様を。彼がシニカルになったと言う人もいますが、私はそうは思いません。彼はコントロールが効く、ある種の安全弁を発明しようと努めていたのだと私は思うのです。そしてそういった制御手段は、つまるところ人間の心と精神にしか求められないことを見出したのだと思います。そういった彼の考え方が、各分野におけるこの賞において明確に示されているというのが私の見解です。

(...)
Less than fifty years after his death, the door of nature was unlocked and we were offered the dreadful burden of choice.
彼の死から 50年が経たないうちに自然の扉は解き放たれ、恐るべき選択の重責が私たちに課せられました。

We have usurped many of the powers we once ascribed to God.
かつては神の力だとされていたものの多くを、私たちは奪い取りました。

Fearful and unprepared, we have assumed lordship over the life or death of the whole world - of all living things.
恐怖と覚悟が決まらない中、私たちは世界中の生物の生殺与奪の権利を手にしたのです。

The danger and the glory and the choice rest finally in man. The test of his perfectibility is at hand.
危険も栄光も選択も、つまるところ人間次第なのです。人類の完全性の試練が迫っています。

Having taken Godlike power, we must seek in ourselves for the responsibility and the wisdom we once prayed some deity might have.
神のような力を手に取り、私たちはかつて聖人が導いてくれるようにと祈祷した責任と英知を、自らの中に求めなければなりません。


Man himself has become our greatest hazard and our only hope.
人類そのものが、私たちの最も危険な存在であり、一方、私たちの唯一の希望なのです。

So that today, St. John the apostle may well be paraphrased: In the end is the Word, and the Word is Man - and the Word is with Men.
故に、今日では使徒聖ヨハネは次のように言いかえるでしょう。
-終わりに言葉があり、言葉はヒトである。 -そして世界はヒトと共にある、と。

John Steinbeck's speech at the Nobel Banquet at the City Hall in Stockholm, December 10, 1962

彼がスピーチで示唆したことは半世紀たった今でも当てはまり、ノーベル賞の精神なのだろう。たとえ平和賞が政治的なものだと揶揄されようが(実際その通りなのだが)、少なくとも創設者の理念とはスタインベックが言い放ったことに集約されるに違いない。

ヒトの創作活動が生み出す英知は社会の繁栄に繋がり得るし、用途によっては人類を滅ぼしかねない元凶ともなり得る。物理学の分野で誉れ高い偉業を成し遂げノーベル賞を受賞したアインシュタインの発明が、大量殺戮兵器の誕生に繋がったように。昨日、バイオテクノロジーの畑で日本の誉れ高い科学者が栄冠に授かった。
The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2012
Sir John B. Gurdon, Shinya Yamanaka


山中伸弥教授のiPS細胞もまた原子力と同様のことが言えるのではないか。アルフレッド・ノーベルが活躍されていた時代に、人間の臓器の再生なんて誰が想像できただろう。かつて神の力とされていた奇跡が、人工的に実現できるようになったわけだが、それを生かすも殺すも、それを応用する人間次第なのだろう。科学技術の発展は日進月歩だが、人の良心はどうだろうか。半世紀前より進歩しているといえるだろうか?

スタインベックが遺した教訓は重い。

(追記)
日本の作家は今回も受賞を逃してしまったようです。
The Nobel Prize in Literature 2012
Mo Yan

莫言 氏。ウィキペディアによるとガルシア・マルケスやフォークナーの影響を受けられたそうです。フォークナーは上記のスタインベックの演説で取り上げられていますね(訳出していない前半個所 リンク先原文や動画を参照)
手始めに「豊乳肥臀」とやらをまた機会があれば読んでみたい。

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アマゾンの解説によれば、

世界中の美しい乳房の前に跪いて、その忠実な息子になりたい…。激動の中国現代史を背景に繰り広げられる、恋乳拒食症児・上官金童とその母、そして8人の姉たちの数奇で残酷な運命模様。

とのこと。なんだか如何わしいテーマのようだが、ノーベル文学賞作家なのだからなにか意味深長なテーマを包含しているのだろう。

乳というば、スタインベックの「怒りの葡萄」のラストシーンが思い出される。既読の方はお分かりかと思うが、そこでスタインベックが描いた乳とは、俗人が思い起こす存在ではない。また、スタインベックは僕の記憶によれば、彼のアメリカ人についての評伝で、この乳の然るべき在り様について論じられていたと思う。母親が乳児に授乳するためにある存在が、現代人によってセックスのシンボルへと歪曲されている。

猥雑とした現代社会においては文学の在り様も変化しつつある。そんな時代に辟易した際は、一昔前の文豪の作品を読んでみるのも悪くない。
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