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キューバ危機からちょうど50周年ということもあって、各プレスが記事を書いている。昨日、10月14日は合衆国のU2スパイ偵察機が、キューバにミサイルが配備されている様子のフィルムがCIAの分析官によって明らかにされた日。キューバ危機を扱ったメジャーな映画「13デイズ」はここから始まっている。TUTAYAで借りて3,4年ぶりに観直してみたが合衆国マンセーなストーリーに嫌気がさしてブログを書くことにした。映画の冒頭では厳重なケースにフィルムが入れられ運ばれていた。この映画を初めて観た際は、キューバに興味がなかった頃だったから最期まで観れたのだろう。

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確かにペンタゴンやホワイトハウスの人たちにとって"危機"が生じたのはその時からかもしれない。少なくとも安全保障の観点からは。政治的危機と言う意味では、ピッグズ湾侵攻事件の敗北からケネディに重くのしかかっていたことだろう。

何度も書いているのでこの合衆国の侵略行為については書かないがこれと、合衆国の5000件以上に上るキューバ国内での破壊工作があった事実を知っていなければ、キューバ危機について語る資格はないだろう。カストロという毒蛇をかみ殺すためには、狂暴なマングースをキューバに放つという意味で命名された作戦だろうが、今風に言えばテロ工作に違いない。識字率を上げるために活動していた女性教師が殺され、工場などの施設が爆破され、サトウキビ畑は焼かれた。最終目標は、キューバで謀略放送を流し彼らの言う"自由"キューバを設立することにあった。こうして巨額の資金が投資されたにもかかわらず、作戦は上手く運ばなかった。
cf 2011.04.15 プラヤ・ヒロン侵攻から50年目~社会主義化したキューバ革命

そこでキューバを失うことを恐れたフルシチョフが、ミサイルギャップを埋めるという思惑もあって、核ミサイルをキューバに配備するという大きな賭けに出たのだ。ピッグズ湾事件以降、急速にソ連に接近したキューバはそれを受け入れたわけだが、そのことについては項を改めて書こうと思う。

要するに、13デイズや一般的なキューバ危機に対するイメージは、かなり神話性が高いものなのだ。ケネディの英断によって、罪のない世界の子どもたちが核戦争から救われました、というような漠然としたイメージを持っている人は多いのではないだろうか。ピッグズ湾事件なんて学校では絶対教えない。そもそも知らなければそういったイメージを持たざるを得ないのだろう。人類を滅ぼしかねなかった核戦争の危機は、合衆国のカストロさんへの拒絶、つまり彼ら自身がまいた種であったことを多くの人が知るべきだろう。

キューバ危機については、僕自身、キューバのことについて詳しく知る前は大方上記の一般的なイメージを抱いていた。映像の世紀かなにかでフルシチョフの証言やケネディに宛てた手紙を聞いた程度だったと思う。

50周年ということもあって、また云々と書くかもしれないけど、出来る限り中立的な観点から書くことを努めたい。
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