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昨日、ご自身の健在ぶりを披露する目的でいくつかの写真と書評を公開されたカストロさん。グランマ紙は勿論、世界中のマスメディアがそのことを報じた。
Artículo de Fidel y fotos granma
グランマでは最初の3面はカストロさんの写真と文章が占領したw

カストロさんは半世紀前のキューバ危機について次のように記されていた。
Hace pocos días, muy próximo al 50 aniversario de la “Crisis de Octubre”, las agencias señalaron a tres culpables:
数日前、"10月危機(キューバ危機)"50周年を迎えるにあたって、報道機関は3名の責任ある当事者を取り上げた。
Kennedy, recién llegado a la jefatura del imperio, Jruschov y Castro.
帝国のリーダーに就任したばかりのケネディとフルシチョフ、そしてカストロである。
Cuba nada tuvo que ver con el arma nuclear, ni con la matanza innecesaria de Hiroshima y Nagasaki perpetrada por el presidente de Estados Unidos Harry S. Truman, estableciendo la tiranía de las armas nucleares.
キューバは核兵器について成す術はなく、核兵器による圧政を確立した合衆国大統領ハリー・S・トルーマンが広島や長崎に対不して犯したような、不要な虐殺を企図したわけでもなかった。
Cuba defendía su derecho a la independencia y a la justicia social.
キューバは独立と社会正義の権利を護っていたのです。


Cuando aceptamos la ayuda soviética en armas, petróleo, alimentos y otros recursos, fue para defendernos de los planes yankis de invadir nuestra Patria, sometida a una sucia y sangrienta guerra que ese país capitalista nos impuso desde los primeros meses, y costó miles de vidas y s cubanos.
われわれが武器や石油、食糧やその他の資源といったソビエトの支援を受け入れたのは、ヤンキーがわが祖国を侵略の企てから防衛するものだった。この資本主義国家がわれらに数か月前から課してきた卑劣で血まみれの戦争や、数多くのキューバ人の生命を奪い不具にした企てから自衛するためのものだった。

Cuando Jruschov nos propuso instalar proyectiles de alcance medio similares a los que Estados Unidos tenía en Turquía —más cerca todavía de la URSS que Cuba de Estados Unidos—, como una necesidad solidaria, Cuba no vaciló en acceder a tal riesgo.
合衆国がトルコに構えていた中距離ミサイル-あれはキューバと合衆国間の距離よりはるかにソ連に近い位置にあったのだが-それと同様のミサイルを設置する旨を、フルシチョフがわれわれに申し出た時、連帯の必要性から、キューバは設置に伴うリスクを冒すことに何ら躊躇するはなかった。
Nuestra conducta fue éticamente intachable.
われわれが講じたことは倫理的にも申し分なかった。
Nunca pediremos excusa a nadie por lo que hicimos.
われわれが行ったことは誰に対しても許しを請うものではありません。
Lo cierto es que ha transcurrido medio siglo, y aun estamos aquí con la frente en alto.
確かなことは半世紀を経た今日でも、われわれは高らかと胸を張っていられるということです。


半世紀を経てもブレない信条。カストロさんは50年もの歳月、この考えを一貫されて来た。ゲバラが別れの手紙でキューバ危機について語ったことは知っている人も多いと思いますが、次のように記されている。
朗読動画http://youtu.be/6HEhg6CdP0A?t=4m17s

He vivido días magníficos y sentí a tu lado el orgullo de pertenecer a nuestro pueblo en los días luminosos y tristes de la Crisis del Caribe.
素晴らしい毎日だった。あの輝かしくもつらいカリブ危機の時は、君の側にいて、僕たちの国民のひとりであることを誇らしく思っていた
Pocas veces brilló más alto un estadista que en esos días, me enorgullezco también de haberte seguido sin vacilaciones, identificado con tu manera de pensar y de ver y apreciar los peligros y los principios.
あの頃の君ほど光り輝いていた政治家がいるだろうか。ためらいなく君に従い、ものの見方を受け入れ、危険と原理を理解できたこと。それも僕には誇りなのだ


有事や危機時にこそ人の真価が試されるとはまさにこのこと。これほどの度量の座った指導者はかつていなかった。カストロさんは純粋に祖国防衛のために核兵器を配備してまで、合衆国と向き合わられた。核兵器配備を提案された際、躊躇しなかったことは上述の書評で記されていたが、カストロさんの脳裏にあったのはキューバがソ連の軍事基地に陥る恐れだった。そのことは先の記事で触れた。
2012.10.15 祖国防衛のための苦渋の決断~核兵器配備に伴うリスク~

それでも核兵器を受け入れたカストロは狂ってたのではないか?常軌を逸していたのではないか?と問われる方も多いだろう。僕もこの点は何度も考えたことがある。この問題提起を考えるにあたって、下記の動画は興味深い。

有名な映画「明日に向かって撃て!Butch Cassidy and the Sundance Kid」のエンディングまで持ち出され説明されている点がユニークだがw要するに結論として、このキューバ危機の責任は、キューバをあれほどまでに追い詰め、あのしょうな状況を作った者達にあるということ。

合衆国はピッグズ湾事件で革命政権打倒を図り、それは未遂に終わったが、その後も指導者の暗殺を企て、マングース作戦と呼ばれた破壊工作を数多く行い、キューバの主権を脅かした。ここまでされて、黙っている指導者がいるだろうか?

カストロさんがキューバ危機の他の当事者、フルシチョフやケネディと比べて際立っているのは、冷戦構造下での政治的打算に左右されなかったこと。そのような純粋な魂を持った革命家とキューバの主権を弄んだ者たちにこそ、真の責任が問われて然るべきなのだろう。肝心なことは上記のビデオの解説者が述べるとおり、2度とキューバのような小国を追い詰めるような真似はしてはならないこと。目下、中東でキューバ危機と似たような状況が生じつつある。

われわれは半世紀を経た今日でも、キューバ危機の教訓を活かせていない。
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