9・11といえば2001年のアメリカ同時多発テロ事件を大抵の人は思い起こすが、ラテンアメリカでは1973年のチリ・クーデターを指す事が多い。
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サルバドール・アジェンデは今でもチリの人々の心の中で生き続けている。

youtubeにアジェンデの最後の演説がアップされている。この演説からも彼が本気でチリを変えようとしていたことが分かる。
チリのホットな話題といばサンホセ鉱山で地下深くに閉じ込められている労働者のニュースだ。労働者の安全や福祉に尽力したアジェンデは今でも鉱山で働く労働者の英雄なのだ。アジェンデの娘イザベル(Isabel Allende Bussi)さんは、サンホセ鉱山に閉じ込められている労働者を励まし続け、救出を待つ家族の心の拠り所にもなっている。
今世界中のマスコミがこのニュースで騒ぎ立てているが、鉱山労働者の悲惨な労働環境には全く焦点があてられていない。サンホセ鉱山は過去にも落盤事故が起きているが、命よりも金のほうが尊重されている、とイザベルさんは主張されている。
アジェンデは70~73年まで大統領を務め、鉱山の国有化など社会主義路線で、労働者の安全や福祉の向上に努めた。しかしその政策は同時に、ブルジョワ階級や軍部の反感を買った。そして73年9月11日に軍がクーデターで大統領官邸を襲撃した、昨日でチリクーデターから37年目になる。
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シンボルの眼鏡をかけて、灰色のジェケットを着ているのがアジェンデ。隣の護衛の方が持たれているAK-47はカストロからの贈り物。カラシニコフ自動小銃以外にもカストロはキューバから機関銃や3つの RPG-7をアジェンデに贈っていた。アジェンデはクーデターの主犯者ピノチェトに対し"Pobre Pinochet, debe estar preso"「憐れなピノチェトよ、君は投獄されるべきだ」と叫んだ。
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9時55分、クーデターの加担者らはアジェンデが篭城した宮殿を包囲し、攻撃を開始した。

10時15分、アジェンデは人民に最後の演説を始めた。(上の動画を参照
"Quizás sea ésta la última oportunidad en que me pueda dirigir a ustedes. ...."
「おそらくこの演説が、あなた方に話をする最後の機会となるでしょう.....」
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10時30分、戦車がモネダ宮殿を砲撃し始めた。
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11時52分、宮殿はイギリス製の対地攻撃機ホーカー ハンターに攻撃された。
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写真の詳しい解説などはグランマを参照しました
Imágenes del Golpe: Chile, 11 de septiembre de 1973

他の方も9・11について書かれてますね。アジェンデは左翼の英雄ですね。

9月11日といえば、1973年のチリにおける、ピノチェトの軍事クーデターの日である。サルバドール・アジェンデの民主的な左派政権は覆され、アジェンデは殺害。以降、長期にわたる軍事独裁政権が成立する。ガルシア・マルケスの「戒厳令下チリ潜入記」はこの時期のルポルタージュである。毎度の事ながら、この事件の背後にはアメリカの後押しがある。また、歌手のビクトル・ハラがこのクーデターに楯突いて殺されたことも記憶
語り継がれる9.11

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