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昨日、検索サイトの急上昇ワードに「日揮」があがっていた。この企業は未来世紀ジパングの「美女と石油...独裁者チャベスの知られざるベネズエラで紹介されていたので記憶に新しい。日本の企業がベネズエラ国営石油公社から製油所拡張プロジェクトを受注し奮闘されている姿を見て感動したものです。ベネズエラのオリノコ川周辺では莫大な石油が発見され、それがベネズエラを世界最大の石油埋蔵国にしている。しかしながら、その石油は粘土のように固まっており、日本の技術が求められていた。番組では日揮株式会社に焦点があてられていたが、その総工費は5000億以上にも上るという。

危険な地域でプラント建設に従事されている日揮の社員の方の仕事はまさに命懸け。日揮のプラント建設の技術は、ベネズエラのケース同様、アルジェリアの発展にも貢献しているはずだが、テロリストが彼らを人質にとった。
日揮、新たに4邦人の安全確認 アルジェリア人質事件  10邦人の安否不明 日本経済新聞

拘束された人質は口をテープで塞がれ、首に爆発物を巻き付けられたという。。なんと惨たらしいことか。アルカイダにどのような大義があるにせよ、彼らのやっていることはテロ行為に違いない。ペルー大使館で日本人が人質になったが、MRTAはゲリラと称する余地はあるのかもしれない。しかしアルカイダのやっていることは卑劣なテロ行為だ。

そもそもなぜ彼らはアルジェリアにいるのか。アルジェリアとはどのような国だろうか?
TVで一連の事件が報じられているが、家で一緒にテレビを見ていた祖母は、懐かしの歌謡曲の一節「ここは地の果てアルジェリア、どうせカスバの夜に咲く...」が思い出されるという。

調べてみると興味深いことに、この歌謡曲は「アルジェリア独立戦争」の悲恋を歌ったものだという。時代は50年代、アルジェリアの民族解放戦線(FNL)が、首都アルジェのカスバなどを拠点にゲリラ闘争していたそうだ。上述の歌謡曲の曲名カバスはこれに由来しているのだろう。フランス軍と解放軍がアルジェリアで闘う最中の悲しい恋を歌ったものだそうだ。

宗主国フランスから独立を勝ち取り、アルジェリア戦争に終止符が打たれたのは、1962年のこと。アルジェリア民族解放戦線の創設者ベン・ベラは63年に初代大統領に就任した後、非同盟運動を積極的に主導した。63年といえばキューバ危機直後の年、ソ連の譲歩に失望したキューバ革命政権もまた非同盟主義諸国との関係を強化していた。こういった時代背景もあって、ベンベラ大統領はキューバ革命後のキューバと共に第三世界の中心的国家となった。下記の動画は、ゲバラが63年にアルジェリアを訪問した際のもの。

En el primer seminario sobre planificación en Argelia.
16 de julio de 1963

フランス語での演説で内容はつかめませんが、スペイン語訳の演説全文を閲覧できる。動画の後半ではゲバラがインタビューを受けている。フランス語が分かる方がいたら、何が話されているか教えて頂けると助かります。
Che algeria
ゲバラとベン・ベラ大統領

僕の知る限りゲバラは二度、アルジェリアを訪問している。65年にソ連を批判する演説をアルジェリアで行ったのだが、これはまた記事を改めて書いてみたい。
En el Segundo Seminario Económico de Solidaridad Afroasiática.
24 de febrero de 1965



ゲバラは国内でも、演説を通じてキューバ国民にアルジェリアとの連帯について触れている。

↑この演説では、フランスとの関係がアルジェリアをめぐり一時的に悪化したこと。アルジェリアの独立は不可避であったこと。また、貿易を多角的に行っていく必要性を説いている。こうしてアルジェリアとキューバとの関係は強化されていった。
Históricamente estaba destinada a liberarse, no podía haber otra solución que la liberación de Argelia, y todo lo que fuera contra eso era simplemente sumir en la desgracia a un pueblo heroico y, además, mandar al matadero a muchos soldados franceses.
アルジェリアこれまでひたすら独立を求めてきたのだ。アルジェリア独立以外に解決策はなかった。それに反することはすべて、英雄的な人民を不幸の中に埋もれさせておくだけであり、また多くのフランス兵を死地に駆り立てることでもあった。
Se arregló aquel problema en la mejor manera posible. Hoy Argelia y Francia mantienen buenas relaciones, y nosotros mantenemos inmejorables relaciones con el pueblo hermano de Argelia y buenas relaciones con Francia también.
この問題は、最善の方法で解決された。今日では、アルジェリアとフランスは、友好関係を維持しているし、我々はアルジェリアの同志達とこのうえない関係を保ちつつ、フランスとも友好関係を維持しているのだ。



アルジェリアは社会主義政権の下では比較的政情が安定していたようですが、冷戦後は情勢が一変する。イスラム原理主義過激派によるテロが頻発し、多くの犠牲者が出たそうだ。。近年ではアルカイダによるテロが頻発し、犠牲者が多数出ているが、今回の事件はこのような歴史的背景のもとに起こったものであった。

上記のゲバラの演説動画では、経済の基盤を整える重要性が説かれている。独立を勝ち取った後が、本当の意味での革命の始まりであることは、キューバ革命の歴史が示している。まだアルジェリアについては表面的なことしか知らないが、独立後のとりわけ冷戦後はアルジェリアは悲惨な歴史を辿った印象を持った。

アルジェリアの輸出の大半は石油などの資源が占めるという。資源のない日本から見れば羨ましいことだが、いわゆるモノカルチャー経済というものに頼っていう国は発展を見込めない。

それはそうと、テロリストによって拘束されている人質の方が皆、早く救出されることを願いたい。人質に犠牲者が多数出ているようだが、これ以上死亡者を出せば、アルジェリアには外資が進出しなくなり、モノカルチャー経済すら成り立たなくなる恐れがあるだろう。
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