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先週末、ふとしたことがきっかけで自身を振り返ることがあった。そもそもなぜゲバラやカストロさんに僕は魅了されてしまったのだろうか?

僕がゲバラのことを知ったのは大学卒業直後のころだった。リーマンショックのあおりを受けたとはいえ就職も決まらず心もとないとき、キューバ革命についての本に出合い夢中になった。佐々木 譲さんの「冒険者カストロ」だったと思う。逆境下にあっても諦めず、自らの信念を貫かれたカストロさんから活力をもらった。このことはまた別の機会に書こうと思う。

ともあれ現在、僕は京都市のメーカーで働いています。まだまだ未熟ですが、日本の素晴らしい技術・商品を世界に発信出来るようになるため日々勤しんでいます。ゲバラが59年に日本を訪れたとき、彼は数多くの工場を見学し日本の工業の活力に圧倒されたことを帰国後のレポートに記しています。
>La industria japonesa es verdaderamente gigantesca;
日本の工業は実に壮大だ。
sus grandes astilleros, donde grúas monumentales mueven piezas de cincuenta toneladas
大きな造船所では巨大なクレーンが50トンもの物体を動かし、
y obreros diligentes y disciplinados como hormigas trabajan con precisión matemática,
蟻のように勤勉で規律正しい労働者が数学的な精密さで働いている。

Ernesto Che Guevara, “Recúperese Japón de la tragedia atómica”, publicado en la revista Verde Olivo el 19 de octubre de 1959

64年の東京オリンピックの5年前に訪問したゲバラは経済成長期の日本の工業力を目の当たりにした。彼は帰国後、キューバで工業大臣として工業化を推進するが、なかなか上手くはいかなかった。日本に暮らしていると当たり前のように感じる精巧な工業製品だが、ゲバラを通じて改めてその技術力が誇らしく感じられました。

次の東京オリンピックに向けて日本は再び輝きを取り戻すことができるのだろうか?
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