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今日は陸曹教育隊がある大津駐屯基地の創設記念祭に行って来ました。ここは比叡山に建設予定だった桜花搭乗員錬成基地について書いた記事でも触れた旧大津海軍航空隊基地でもあります。この春、陸曹候補生として入隊した若い隊員が自衛隊体操を披露していました。
12大津
自衛隊祭恒例のパレードを観終わった後に向かった、広報館の傍らに「海鷲錬成之地 大津海軍航空隊」の碑がありました。
11大津

碑歴
昭和十七年九月 当時鹿島海軍航空隊大津分遣隊は大津海軍航空隊と改称され海軍水上機操縦練習生学校として初級過程の教育を実施していたが戦爭の激化に伴い逐次高級過程も併設され数多くの若鷲を育成し第一線部隊に送り出した。又末期には実践航空隊として海鷲の錬成と本土防衛の任務を遂行して来た。
この大津海軍航空隊に勤務せし我々大津空会々員は想い出の練武の地であるここ陸上自衛隊大津駐屯地に顕彰碑を建立し亡き戦友の慰霊と顕彰を行うと共に志を継いだ若き後輩の範となり士気昂揚の基として永く後世に伝え残すものなり



この大津で特別訓練を受けた"若鷲"は日本各地に特攻隊要因として配属されたという…滋賀と言えばのどかなイメージがありますが、先の大戦の生々しい記憶が上記の碑文から感じられますね。改めて平和の尊さを感じることができました。

この碑は3年前、幹部候補生試験を受験した際、広報館に案内してもらった時に見た覚えがありますが、説明文までは読んでいませんでした。しかし、先の大戦時、若鷲練成の地であったこの大津駐屯基地で、将来の陸曹が訓練していることを思うと、感慨深いものがあります。碑文の傍の広報館では、件の比叡山にあった桜花搭乗員訓練基地の写真も掲載されていました。この写真は大津歴史博物館にも掲載されていたことは先の記事で書きました。
 2014.04.27 比叡山の桜花 特攻隊員の軌跡を辿って

自衛隊祭りでは議員が来賓として招かれていましたが、一人でも多くの政治家が大戦の生々しい記憶を伝えるこの地で、平和の尊さを感じ、自らの責任の重さをいま一度認識されることを願いたいものです。

【追記】
先の大戦の記憶について書きましたが、自衛隊祭の一番の見所はやはり日頃祖国防衛のための訓練に当たられている隊員の勇姿。数多くの方が彼らの行進を見に来られていました。
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恒例の抜刀隊のメロディーが流れていました。
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偵察隊のオフ車。
大津1
装甲車。今津駐屯地の第3戦車大隊の赤獅子のエンブレムがついてますね。
3大津
まだまだ撮影は未熟ですが、結構迫力ある写真を撮れて満足。以前、今津駐屯地で74式戦車に乗せてもらいましたが、戦車のパワーを感じることが出来ますね。
tank anpanman
赤獅子のエンブレム。搭乗員の眼差しが熱くとても印象的でした。74式は冷戦時代、核戦争を想定して設計されたもので放射能に対する耐性も備えているので、福島の原発事故の際、がれき撤去のため動員されました。戦争に限らず有事の際、最後に頼りになるのが自衛隊。陸上自衛隊はそのなかでも最後の砦です。

アンパンマンのリュックを背負った男の子が戦車にしがみついているのが写真に入ってしまいましたが、微笑ましいっすねw

日本の自衛隊は世界でもトップクラスの能力を有していますが、こういった披露会は世界各国に比べ細々とやっています。このイベントだって普通だったらなかなか知り様がありません。このことについては、賛否両論もあるかもしれませんが、僕はこれでいいのではないかと思います。能ある鷹はなんとやらです。わが国の獅子は爪を隠し、有事に備えているのです。

軍のパレードといえば昨日のロシアの赤の広場の記念式典。

彼らにとって5月9日は平和の尊さを感じる記念日なんですね。

昨日戦勝記念日を迎えたロシアが、壮大なパレードや式典でナショナリズム、民族意識を高め、クリミア情勢に利用していた様に、軍の行事は政治利用されたりもします。しかし本来、こういった行事は、国民が祖国防衛にあたられている方に対する(先のロシアの件なら、先人に対する)感謝の念を抱く場であるべきですね。そして国威を見せつける場ではなく、平和の有難味を感じる場であるべきですね。
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