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哲学的なお題でブログを書いています。今日は国連が定めた世界人権デーですが、カストロさんは国連演説で”人権”と”人類としての権利”を区別化され後者の権利について訴えられました。
Se habla con frecuencia de los derechos humanos, pero hay que hablar también de los derechos de la humanidad.
しばしば、人権について言及されているが、人類の権利についても話さなければならない。




los derechos de la humanidadは英語に直せばthe rights of humanityとなり、これを人類の権利と訳すのは間違いではなかったと思います。しかし、両者の違いは一体どこにあるのでしょうか?

ネットで英語のthe rights of humanityを検索しますと、「the rights of humanityとは?」という質問を質問掲示板でされている人がいて、これに対し応えた方はカストロさんが発せられた言葉であると回答されていますが、社会の中で保障されている権利が”人権human right”で、人類が先天的に持っている権利、あるいは持っていて然るべき権利が“人類の権利the rights of humanity”ではないかと考えています。
the rights of humanityとは?
掲示板で回答されている方は、”倫理”と”モラル”の違いを例示し、上記の権利の違いについて解説されています。倫理は人権のように一定の社会の中でといったニュアンスがあり、モラルは人類の権利のようにもっと広範囲な、あるいはもっと自然的な意味でのニュアンスがあるようですね。倫理と言うと高校の科目にもあるように、押しつけられるイメージがあります。

カストロさんはよくモラルという言葉を用いられます。今日のテーマである人類の権利los derechos de la humanidadについて訴えられた国連へ向かわれる際、記者のインタビューに対し、下記のように応えられています。

記者:あなたはいつも防弾チョッキを着ていると聞いていますが
Fidel: «No, voy desembarcar así en Nueva York. Tengo un chaleco moral… que es fuerte. Ese me ha protegido siempre.»
ああ、私はモラルというチョッキを着てニューヨークにやって来たんだよ
...これがあれば強い。このチョッキがいつも私を護ってくれてきたんだ。




倫理とはある社会の中での規範ならば、キューバ革命をひとつのグループ、社会と捉えた場合、その外からカストロさんを暗殺しに来る者には倫理が通用しません。そこがモラルと倫理の違いなのでしょう。キューバ革命が合衆国にとって不都合な革命であるにもかかわらず、世界中から評価されているのは、それがモラルに適った革命であるからではないかと思います。

非同盟諸国議長として第三世界で人間らしく生きる権利すらない人たちを代表されて演説されたカストロさんが放った「人類としての権利」の持つ意味はこうして考えると深いですね。重要なのは、キューバが「人類としての権利」を拒まれた人たちの為に現在も奮闘していることです。西アフリカでエボラ出血熱のため苦しんでいる人たちの為に、モラルを以て今日もキューバ人医師は医療活動をされていることでしょう。
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