前回は深夜にカテドラル広場まで探索に行って、壮大な大聖堂を独り占めしていた話を書きました。今回は日がまだ登っていない早朝の5時に、パルケ・セントラルからプラド通りを北上し海岸沿いのマレコン通りまで散歩に行ったときのことを書こうと思います。
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5月4日5時過ぎのプラド通り。まだ日が登っていないので一眠りする前と見た感じはあまり変わっていません。ただタクシーの客引きや怪しげな人はいなくなっているので、清々しい気分でハバナの通りを散歩することが出来ます。次の旅行記では早朝のマレコン通りについて書きますが、この時間帯は話し易い堅気な人が多かったので、皆さんもハバナへ旅行されることがあれば、早朝の散歩をお勧めします。(ただし、まだ歩いている人が少なく暗い時間帯なので、細い路地などは用心のため避けた方がいいでしょう。)
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驚いたのは早朝(というか未明...)にもかかわらず、市民を乗せたメトロ・バスが走っていたことです。ラテンは怠け者が多いというのが一般的なイメージですが、真面目な人はこんな朝早い時間帯から職場等に向かわれているんですね。ホウキで通りを清掃されている方や警察官などすれ違った方々に挨拶し、マレコン通りとの交差点付近にまでたどり着きました。

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ライトアップされているモニュメントが見えてきました。ここは1871年11月27日に銃殺されたハバナ大学の医学生に捧げられた記念碑。スペイン植民統治下の当時のキューバではあらゆる不正がキューバ人に対してなされていましたが、この銃殺された医学生の事件は最もそれを象徴し、今日まで伝えられています。8名の医学生はスペイン人の記者の墓を汚した容疑をかけられ、不正な裁判の結果、銃殺されました。

毎年11月27日になると医学生を中心に追悼行事が行われますが、1961年の90周年の追悼式でゲバラはハバナ大学のエスカリナタ(大階段)で彼らを追悼する演説を行いました。どうやらこの事件の発端は教授が授業を休んでいる間、医学生が霊柩車で運ばれてきた死体を解剖したことにあるようですが、ゲバラは医学生なら誰でもやる程度のことだったと述べています。ゲバラもまたブエノス・アイレスの医学生でした。このときのゲバラの演説についてはまた機会があるときに別の記事で書こうと思います。
En la conmemoración del fusilamiento de los estudiantes de medicina.
27 de noviembre de 1961

モニュメントには医学部の一年生が犠牲なったことが記されています。銃殺された学生は16から21歳だったそうですが、あまりにもひどい話です。医学部の1年生といえば、今回のキューバ旅行でサンタ・クララへ行ったときに、ゲバラ像の前で出会ったマタンサス州(ハバナとサンタ・クララの間)出身の医学生も第一学年でした。以前、FBページでもそのときの写真を紹介しました。

ゲバラ霊廟前でキューバの医学生と出合いました。He hablado con estudiantes y profesora de medicina desde Matanzas en plaza del che, Santa...

Posted by チェ・ゲバラ研究室Despacho del Che Guevara on 2015年5月9日

医学を学び始めているとはいえ、写真に写っている学生はまだ少年少女といった感じです。もちろん彼らは銃殺された医学生ではありませんが、同じ医学部一年生で彼らの様なまだまだ無邪気な表情をした少年が銃殺されたことを考えると、胸が締め付けられる思いがします。

上記のゲバラの演説ではホセ・マルティの友人であり同志であったフェルミン・マルケス・ドミンゲスがこの事件について記した手記が読み上げられています。記念碑には殺害された8名の医学生の名前が刻まれていますが、彼の手記によれば最後のカルロス・ベルドゥゴさんは事件のあった日の後にマタンサスからハバナに来られたそうです。
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カルロス・ベルドゥゴさんは事件現場にいなかったことをスペイン当局は把握していたにもかかわらず、8名を死刑にする必要性から彼の名はでっち上げられ、銃殺刑が執行されました。マタンサスから来られた医学生のケースだけでも銃殺された医学生の罪が如何様にでっち上げられたものであるかを物語っています。
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フェルミン・マルケス・ドミンゲス記念碑も医学生に捧げられたモニュメントと同じ、プラド通りとマレコンが交差するプンタ要塞向かい側の広場にありました。写真奥に見えるのは独立戦争の指導者マキシモ・ゴメス像で、10兌換ペソ札にもこの銅像が描かれています。
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銅像の写真を撮っていると急に後ろから走ってくる人がいました。銅像下までの階段を駆け上がられ、しばらく休まれた後に柔軟体操を始められました。カッコよかったので近づいて行って話してみることにしました。毎朝ここでトレーニングをされているそうです。まるで映画ランボーのワンシーンみたいですね、と言うと笑顔を返してくれはりました。
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撮影の了解を得て、別れた後も柔軟体操を続けられていました。
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プラド通り終点からマレコン通りを横断するとプンタ要塞があります。
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対岸のモロ要塞。まだ時刻は6時前で天気も今日は悪いのでまだまだ辺りは暗いですね。灯台と対岸の光がハバナ湾に映えています。
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プンタ要塞の大砲。
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市街地の方の海には満月が映えていて幻想的でした!次回はマレコン沿いで出会った人たちについて書こうと思います。
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