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半世紀前、世界が核戦争の危機に直面したいわゆる”キューバ危機”についての展示が2012年に50周年を記念してカバーニャ要塞近くで行われました。現在でも入場料(1CUC)を払えば誰でも見学することが出来るのですが、キューバ紀行の第13回目のきょうは、キューバ危機の際に使用された核兵器の遺跡についてレポートします。人類を破滅させ得る兵器とはどのようなものか?当然核弾頭は外されていますが、その外観を見学するだけでも感じるところがあるのではないかと思います。

キューバ危機については体験者の方々が多くを語られてきましたが、カストロさんも危機後に核廃絶を訴えられ、後年は考察欄で強い関心を示されて来られたことは当ブログで何度か紹介しました。危機のドキュメンタリーを観ると、当事者の人は口を揃えて「核戦争の一歩手前」だったと証言されていますが、今回ハバナで展示されている兵器を実際にこの目で見て、キューバ危機がいかに深刻だったのか改めて痛感させられました。
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写真はモスクワとワシントンが核戦争の危機を終息させようとしている最中に、高高度で長時間領空侵犯して来た偵察飛行機U2を撃ち落とした地対空ミサイル。キューバ危機時には数多くの合衆国の機体がキューバの領空を侵犯し、海軍のクルセイダーは低空偵察飛行をしてキューバ中の人々を脅かしました。カストロさんを含む多くのキューバ人やソ連兵は、偵察機の追撃について当然のことをやったと考えられていましたが、一方モスクワの指導部は現場の勝手な判断を叱責しました。しかし、後年明らかになった資料によると、この撃墜されたU2機はソ連にとって決して暴かれてはいけない秘匿兵器をフィルムに収めていた可能性があったのです。
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写真はキューバ各地で現在展示されている追撃されたU2機の残骸。
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ソ連が最後まで隠し通した秘匿兵器とは広島に投下された原爆(15kt)に匹敵する威力を持つ戦術核(14kt)が搭載可能な巡航ミサイルでした。戦術核とは戦場での使用を想定した核兵器で、その威力は戦略核より弱められています。一方、CIA偵察機のカメラがとらえ危機勃発の原因となった中距離弾道ミサイルR-12は戦略核兵器で、搭載される核弾頭の威力は広島に投下された原爆の77倍です。このような戦略核を侵攻軍を排するために使用することはありません。
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奥に見える迷彩柄のが中距離弾道ミサイルR-12。その手前にあるのが秘匿兵器の巡航ミサイルで、一番手前にあるのが、戦術核である地対地ロケット弾“ルナ”。
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展示されている中距離弾道ミサイルR-12はレプリカです。キューバ危機時、ゲバラが護っていたピナール・デル・リオの山地を含め3地点に配備されていました。射程は2100 Kmで、ちょうどニューヨークまで射程範囲内に入るミサイル基地もありました。
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ルナは西側からFROGと呼ばれていました。ミサイルではなく無誘導のロケット砲で核出力は先に紹介した巡航ミサイルのよりは劣りますが、侵攻して来た部隊を壊滅させることが出来ました。
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キューバ危機時に合衆国が計画していた侵攻作戦はは、ハバナ近郊のタララビーチを中心に12万もの兵を上陸させるものでノルマンディー上陸作戦にも匹敵する大規模なものでしたが、合衆国はこの恐ろしい戦術核兵器ルナを侵攻作戦を練っている土壇場で発見しました。侵攻先に戦術核兵器があることに驚いた軍部は自軍の戦術核の使用を要求しました。もし、キューバ危機が平和的に解決せず上陸作戦が決行されれば、戦術核兵器による応報が起き両軍に計り知れない犠牲者が出ることは避けることができなかったでしょう。

さらに合衆国は戦術核搭載の巡航ミサイルが上陸地点に照準を合わせていたことを全く知りませんでした。ソ連側からすれば秘匿することによって敵から破壊されることなく標的を攻撃することが出来たわけですが、偵察機U2はキューバ東部でこの秘匿兵器を撮影していた恐れがあったので対空ミサイルによって撃墜されました。その東部に配置されていた巡航ミサイルが狙いを定めていたのはグアンタナモにある合衆国の海軍基地でした。

僕がこの驚くべき史実を知ったのはMichael Dobbs氏のOne Minute To Midnight Kennedy, Khrushchev and Castro on the Brink of Nuclear Warを通じてで、邦訳も出ています。合衆国のNational Security Archivesでも詳細が解説されています。秘匿兵器運搬中にはトラックの横転事故が起こり、死傷者が出ました。領空侵犯したとは撃墜されたU2機のアンダーソン少佐は危機の犠牲者ですが、横転事故で無くなったソ連兵やキューバ兵もまた間接的な犠牲者でしょう。他にも核兵器の組み立て作業をしていた方の中には、放射能による病が原因で、キューバ危機直後に亡くなられたケースもありました。

巡航ミサイルはマヤリ・アリバに秘匿されていました。ここはカストロさんの弟、そうラウル・カストロ現キューバ大統領が東部戦線の拠点としたところでした。そして、キューバ危機時もラウル氏はこの地域の部隊を指揮し基地ごと吹き飛ばすことが可能な巡航ミサイルでグアンタナモの米軍基地に照準を定めていたのです。キューバ危機時に戦闘が開始されていれば、グアンタナモ基地に核兵器が撃ち込まれていた可能性が大きかったわけですが、そのようなことが起きれば数多くの合衆国の兵士が亡くなり、さらに核戦争に発展していたことでしょう。。FKR1が使用されていれば非常に恐ろしい事態に発展していたことは間違いありません。
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正式名称はFKR1でミグ15を母体に制作され射程は210kmもあります。
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しかし展示されているものの外観を観ているだけでは、それほど恐ろしいものの様には感じられません。。どちらかといえば、U2を撃ち落とした地対空ミサイルの方が迫力があるのです。
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人類を壊滅させる核戦争を引き起こす兵器の割には、その”外観”からその重みが感じられないという印象を持ちました。先の投稿で書きましたカバーニャ要塞は人を圧倒し士気を挫くだけの迫力がありました。カバーニャ要塞が現役だった時代もキューバを巡り、スペインとイギリスとの間で攻防があったのですが、カバーニャの大砲は全人類を戦争に巻き込み滅ぼすことはありません。
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中世と現代の大型兵器を一度に観る機会と言うのはおそらくここ以外にはないでしょう。それだけに現代における兵器の残虐さが際立つように感じられました。このカバーニャ要塞にあるミサイルのように全世界の核兵器が永久に使用されないことを願いたいものです。
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