「まるで時が止まったかのような」というフレーズがキューバの魅力を紹介する際に使われることがあります。50年代のアメ車が走るノスタルジックな光景等、古き良き時代の雰囲気を楽しみにキューバを訪れる観光客も多いと思いますが、ソビエト連邦と聞いて懐かしさを感じられる世代の方もいらっしゃるのではないでしょうか?

今回はハバナのマレコン通り沿いに開店したソ連料理のレストラン「ナ・ズダローヴィエ」を紹介します。何かの冗談かと疑われる人もいらっしゃるかもしれませんが、料理、雰囲気、サービス、すべてにおいて満足できました。お店の目印はテラスから掲げられている赤旗。
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鎌と槌そして五芒星が描かれた赤旗、誰もが知っているソ連の国旗ですが、僕は記録映像や歴史書ぐらいでしか観たことがありませんでした。ゆるやかに吹くマレコンの夕風に、威風堂々となびく様はまるで時空を超えて漂っているかのようでした。.

前回の旅行記で紹介しました冷戦期の遺跡、キューバ危機時に配備されていたソ連のミサイルやミグ21の野外展示を見学した後、タクシーで再び旧市街地へ戻ってきました。朝食後は何も食べていなかったのですが、晩御飯まで抜くわけにはいきません。あらかじめ下調べしておいた5星レストランで昼食の分もしっかり食べることにしました。
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最初に向かったのは料理が美味くで評判のレストラン”Ivan Chef Justo”。革命博物館近くにあるのですが、お店前に立っていた人によると定休日だそうです。近くにある自分のお店で食べないかと薦められたのですが、他にも候補のレストランがあるから、もしそこも定休日だったら君のお店に寄らさせてもらうよ、と言って断りました。
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マレコン通りに出ると心地良い夕風が吹いてきました。釣竿を持って仲間と帰路につく人たち、堤防に腰掛け夕日に映える海を眺めるカップルのシルエットを横目にお目当てのレストランへ。早朝にここで腕立て伏せをされてた方のことが思い出されました。
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プラド通りとマレコン通りが交わるところから少し西へ向かうと、「ソ連料理はいかが?」と声をかけられました。見上げると頭上には赤旗が翻っています。「え!?ソ連料理だって?冗談でしょう?」と応えると、「入って階段を上がってみれば分かるよ」と笑顔で返されました。
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お店のロゴマークと店名Nazdarovieが記されたポスター。
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レストランは建物の最上階にありますが、途中でソ連のプロパガンダのポスターがいくつか貼ってありました。
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3階の扉を開くと店員さんが英語で迎えてくれました。バーのカウンター席かテラス席どちらに座ろうか迷ったのですが、マレコンの眺められる外の席に落ち着きました。
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ソ連料理店らしくカクテルはすべてウォッカがベースだそうです。メニューを眺めてまず気になったのは「血塗れのマーシャ(BLOODY MASHA)」、これはウォッカをトマトジュース、ウスターソース、塩、タバスコで割ったカクテルだそうです...面白そうだったのですが、飲み会でレモンサワーにタバスコを入れられ、辛かったのが思い出され他を選ぶことにしました。
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結局、定番のモヒートを頼むことにしましたが、ここで出されるのはウォッカで割ったスラブ風モヒート(MOJITO ESLAVO)。意外と口当たりが良く、ウォッカベースにもかかわらず上品な味わいが印象に残りました。
Vodka con
店名の"ナ・ズダローヴィエ"を冠したSHOT NAZDAROVIEも頂きました。"ナ・ズダローヴィエ(На здоровье)"はロシア語で「健康のために」という意味で、乾杯するときのフレーズだそうです。さながらスペイン語でいうところの「サルー!」"Salud!"といったところでしょうか。
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ショットグラスにストリチナヤを注ぎ半切りレモンとキャビアを添えた「ショット・ナ・ズダローヴィエ」。キャビアをおつまみに一気にぐいっと飲むのがソ連風だそうです。ストリチナヤはラム酒のハバナ・クラブのように庶民的な値段ながら、美味いスピリッツでした。今までまがい物のウォッカしか飲んだことがなかった僕にとっては、本物のウォッカを知るいい機会でしたが、まさかのキューバで巡り合うとは思ってもみませんでした。.
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イチオシの料理を聞くとロシア料理定番「ペリメニ」を薦められました。水餃子のようでもありますが、フニャフニャした感じはなく崩れることもありません。まるでエンパナーダのようでもありますが、スペイン圏の料理特有の油っぽさがなく、口当たりが良かったので何個でもいけそうです。
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ロシア料理の定番と言えばこれは外せないと薦められたストロガノフ。肉とキノコをクリームソースで煮込んだ料理です。クリームソースにもかかわらず、コテコテせず美味しく召し上がることが出来ました。店員さんと話しながら晩飯を食べていたのですが、キノコの産地を聞くと「実はキューバ産なんですよ」と...キューバ人がキノコを栽培している様を想像していると、キューバ産は冗談で、ここで使用されているキノコはカナダ等から輸入しているドライキノコだと教えてくれはりました。
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テラス席では、右手にはモロ要塞の灯台が見え、左手にはマレコン通りをホテル・ナショナルまで見渡せます。心地よい海風を肌で感じながら、さざ波に耳を傾け、ディナーを楽しむ....空いている時間に入ったので店員さんも丁寧にお店について案内してくれはりました。トリップアドバイザーで高評価を得ている理由もこれで納得です。

さて、すっかり辺りが暗くなったので、次に店内の様子を見せてもらうことにしました。
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ソ連時代のプロパガンダのポスターが貼られていました。レーニンぐらいしか分かりませんが、現代キューバにいながら当時の雰囲気を感じさせてくれます。
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ファシズムに対する勝利を記念する写真も掲載されていました。今年は戦後70周年を迎え、キューバではナチス・ドイツ勝利を祝う写真が革命博物館等に飾られてましたが、アジアや太平洋戦争に関する写真は一切見かけませんでした。フェシズム勝利記念だったからなのかもしれません。写真を見ながら先の大戦について話しました。
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つぎにカストロさんが子供たちと話されている写真を眺めているとウクライナ系の店員の方が解説してくれました。これはチェルノブイリ原発事故で被ばくした子供たちをキューバへ治療療養のためにカストロさんが迎えられた際に撮られた写真です。日本でも深刻な福島原発事故が4年前に起きた話をすると、もう一人の店員の方が日本の原発事故は注目されているけどウクライナでの事故の方がはるかに悲惨だったよと話されていました。

原子力発電所については、次々回のシエンフエゴス訪問の旅行記でも触れますが、キューバではソ連時代から建設計画があり、未完に終わった原発が残っています。
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モスクワ訪問の際、赤の広場でフルシチョフ首相と手を取り合われたカストロさんの写真。先の記事でソ連がキューバに配備したミサイルや戦闘機等について紹介しましたが、原発も含め遠い国キューバへソ連が惜しみなく支援したのは指導者間の絆が大きかったのではないかと思います。カストロさんと同じように人情味あふれカリスマを発揮されたフルシチョフ首相もまた優れた革命家であり政治家でした。大胆不敵でかつ冷静に物事を考察される点も両者は似通っていますが、フルシチョフ首相はまるでわが子のようにカストロさんを愛されたそうです。

下の写真はまえの記事でも紹介しましたキューバ人初の宇宙飛行士、アルナルド・タマヨ・メンデスさんとソ連の宇宙飛行士ロマネンコさん。1980年9月に共にソユーズ38号で宇宙へ飛び立ち、宇宙ステーションサリュート6号に滞在されました。この70年代からこの頃にかけてはキューバとソ連が最も仲睦まじかった時期で、草の根レベルでも交流が深まりました。キューバのスラブ系コミュニティーでは、ちょうどこの時期に生まれられた方が多く、案内して頂いたこのソビエト料理レストランのスタッフもそのうちの一人でした。

料理やテラスからの眺め、店内の雰囲気だけでなく、スラブ圏の文化や歴史、キューバとソ連の関係にも触れることが出来る"ナ・ズダローヴィエ"は自信をもって薦められるハバナのレストランです。
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