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去年の5月の連休のキューバ旅行で撮ったカバーニャ要塞の写真が、今月の卓上カレンダーの写真として机上にあるのですが、見ていると旅の思い出がよみがえってきます。エア・カナダのフォトコンテストに応募し、4月のカレンダー賞を頂いたものです。

第4回 エア・カナダ フォトコンテスト2015受賞作品発表

サンタクララのゲバラ霊廟を訪れ、ハバナへ帰ってきた日に訪れた夜のカバーニャ要塞の城門。カバーニャは既に訪れていたのですが、カニョアソと呼ばれる大砲の儀式はまだ観ていませんでした。晩飯食べる以外に特に旧市街地でやることもなかったので、タクシーをつかまえて湾を挟んで対岸のカバーニャへ。
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タクシーで城内へは入れませんが、馬車に乗り換えることは可能です。お高そうですが。
A101.jpg

ちょうど日没後の夜闇が浮かび上がってくる頃合いに、城門前に着きました。ライトアップで幻想的な雰囲気なのですが、やはり観光客が多いですね。
Entrada del Fortaleza de San Carlos de La Cabaña
大砲の儀式までの時間を利用し、人馬がいない頃合いを見計らって撮ったのが上掲載のカレンダー写真です。スペイン統治下時代のコスチュームの左の兵隊さんの遠くを見つめる眼差しが良いですね。

写真を撮った時はエア・カナダの写真コンテストすら知らなかったので、まさかカレンダーになろうとは思ってもみなかったのですが、良い条件で撮ることが出来ました。左の門兵さんへの光の当たり具合が特に気に入っています。以前の旅行記でも書きましたが、18世紀にカルロス三世によって建てられたサン・カルロス・デ・ラ・カバーニャ要塞。きっと数多くの歴史ドラマを見てきたことでしょう。

このカバーニャ要塞の城門は1959年1月3日の夜、初めて首都へ入城した革命軍司令官チェ・ゲバラをも迎えました。この時の様子はPaco Ignacio Taibo IIのErnesto Guevara, también conocido como el Che(邦題:「エルネスト・チェ・ゲバラ伝」、訳:後藤政子)で描かれています。三台の車でまっすぐ要塞へ向かったゲバラ。堀外から監視している革命軍の民兵から距離を置いて、要塞の前には衛兵が立っている。ゲバラはためらいを見せず直進し、カバーニャは無血開城されました。上記著者によって、この時のゲバラの心境が次のように描写されています。
¿Así es la victoria? ¿Un ingreso nocturno sin pena ni gloria a mitad de la noche en un cuartel cuyo jefe lo enmtrega antes de que se lo pidan?
「これが勝利なのか?勧告前から要塞の長官は降伏し、栄光も苦難もなく真夜中に入城することが?」
Paco Ignacio Taibo II ,Ernesto Guevara, también conocido como el Che (1996)

グランマ号でキューバ東部へ上陸後、主にシエラ・マエストラやエスカンブライなど山岳地帯を拠点に2年以上のゲリラ闘争を経てやっと辿り着いた首都ハバナ。異国の地で革命に身を投じ、従軍医から大都市解放を任される司令官へまで登り詰めたゲバラはこの時、ちょうど30歳。カバーニャ要塞を解放し、3000もの兵を預かることになったゲバラは重責を改めて感じたことでしょう。
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カバーニャ要塞からはハバナ旧市街地の夜景も一望できます。初めて目にするキューバの首都の夜景を前にゲバラは何を思ったのだろうか。

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