悪徳と退廃の歓楽地だったキューバの首都ハバナ~誑かす女LA ENGAÑADORA~
合衆国との国交正常化により観光産業が成長しているキューバ。下記のグランマ紙によると、6月13日の時点で既に海外から200万人の観光客が入国したと観光省が発表した。この数字は昨年より27日早い記録更新となった。キューバの観光客は主に欧米人で、カナダやドイツ、イギリス、合衆国、フランス、イタリア、メキシコ、アルゼンチンが主流層だ。

去年、私がキューバへ行った際は、GWにもかかわらず日本人を見かけたのは空港や朝食を共にした方を除けば1度だけだった。現地で話した観光客はオランダやドイツ、イギリスの方だった。サンタ・クララのゲバラ霊廟ではアルゼンチン訛りの西語を話す団体客もいらっしゃっていた。

余談だがわが国も昨今、海外から注目を集め、下記の観光局の資料によると先月の訪日観光客数は前年同月比15.3%増の189万4千人だったという。

しかし、”観光”といっても、その在り方は実に多様だ。先週は善意通訳者(グッドウィル・ガイド)に登録し、ボランティアでガイドに挑戦したが、オーストラリアからいらっしゃったゲストから糠漬け教室に参加したいというご要望を受け、ご案内した。漬物屋さんの説明を通訳するために江口先生のNHKテキストで予習し、京都の三大漬物を説明するためにパワーポイントでスライドを作成してガイドに挑んだ。漬物教室に参加された動機を尋ねると、「手ごろな価格で料理教室を体験したかった」とのことだったが、最後にはすっかり漬物の虜になられ5千円分も漬物を買われた。このような体験の予習と実践を通じ私自身も奥ゆかしい日本文化の一つ再発見できた。金閣寺や伏見稲荷大社といった人気観光地も素晴らしいが、例えばぬか床に野菜を漬ける体験をされた今回のゲストのように過去に京都を訪問された方は、もう一歩踏み込んだ体験を期待される。リピーターを呼び込むためには、ガイドする側も鍛錬が必要だが、これは日本に限った話ではなく同様に観光産業が成長しているキューバにも言えることだろう。

さて、キューバに話を戻しますが革命前のハバナは異常な観光ブームに沸いていたという。昨日FBページで紹介した「ハバナの夜 」(T.J.イングリッシュ:著)の原書版を読了したが、バティスタ独裁政権の庇護のもとで、マフィアが巣食う悪徳帝国と化した50年代の首都ハバナの退廃ぶりが描かれている。隣国の合衆国から観光客を集めたが、彼らがキューバに期待するのは今日のような健全なものではなく、ギャンブルやショーガールに歓楽を求めた。海外観光客をターゲットとした賭博や性を食い物にする産業がマフィアの投資資金でかつてない規模で繁栄した。なかでも悪名高かったのは中華街にあった上海シアターであり、このことは以前の記事でも触れた。そこには尊厳はなく、ただ悪徳と退廃があるのみであった。
2016.04.23 マフィアに支配されていたキューバの観光産業~ゴッドファーザーⅡで描かれたハバナ~


革命前のハバナの様子は上掲載の動画から閲覧できる。冒頭では52年のバティスタのクーデター直後の映像が流れ、続いて享楽に耽る欧米人、そして傘を片手にトップレス姿で通りを歩く女性。彼女の衝撃的な姿の後に何人か見物人が続くが、映像ではその中に幼い子供の姿も確認できる。

彼女の正体はT.J.イングリッシュの「ハバナの夜」で明らかにされている。私が読んだ原書はイギリス版でタイトルがHavana Mobとなっているが、同内容だと思う。これの第二部LA ENGAÑADORA(誑かす女)第10章を読んで知ったのだが、彼女の名はBubbles Darlene(本名Virginia Lachinia)で合衆国ミネソタ出身、旧市街のセビージャ・ビルトモア・ホテルのナイトクラブで働くパフォーマーだそうだ。プラド通り面するこのホテルはハバナで強大な影響力を持ったマフィア、サント・トラフィカンテJrとつながりがあった。


バティスタのクーデターが起きた1年後の53年、傘を片手に黒のパンツと透明のレインコートのみ身につけた合衆国人が、ハバナのプラド通りに突如現れ、首都中心部の大通りを闊歩した。プラド通りは先月、シャネルのファッションショーが行われた際にFBでも紹介したが、早朝のマレコン通りを撮影する際にここを通って行った。警察官の方が早朝から警邏され、地元の方が通りを清掃されていたが、暗くても安心して歩ける通りだ。

ほぼ裸体姿の女は早速、警察官から職務質問を受ける。すると彼女は「私は誰も欺きたくないの」と応え、当時流行したチャチャチャの「ラ・エンガニャドーラLA ENGAÑADORA(誑かす女)」を口ずさんだ。こうして彼女はミス・バルブーハスMISS BURBUJASと呼ばれ世間の注目を集めた。BURBUJAは泡の意味だがMISS BURBUJASを邦訳するのも妙なので、以下ではミス・バルブーハスとする。

ミス・バルブーハスはこの異常な行動の動機について後に語ったことによると、ラジオでLA ENGAÑADORA(誑かす女)を聴いた彼女は、その歌詞に納得がいかなかったという。いわゆるナイス・ボディに見せるために、女性は詰め物をしたりして細工を施すことがあるが、流行歌のLA ENGAÑADORA(誑かす女)の歌詞はそのような女性を取り上げていた。ミス・バルブーハスは自身がそんな小細工をしていないことを証明するために、常軌を逸する行動に出たという。

「プラドとネプトゥーノ通りの交差辺りを一人の女が行った...A Prado y Neptuno iba una Chiquita..」の歌詞で始まるエンリケ・ホーリンのLA ENGAÑADORA(誑かす女)。

結局、ミス・バルブーハスは50ドルの罰金が科せられ、放免された。その日の夜、彼女のショーには多くの男がやって来たという。結局いい宣伝になったということだ。ミス・バルブーハスとスペイン語で呼ばれたのも親しみを込めてなのだろう。

彼女は独自の芸術的感覚というか哲学を持っていたようだ。しかし、公共の秩序を乱す身勝手な行動は、プラド通りを愛する地元の人の尊厳を傷つけたのではないかと思う。前掲載の動画で彼女の後をついていった子供の親御さんはどう思っただろうか。

ミス・バルブーハスは、当時のキューバの退廃ぶりを後世に伝えるが、もちろんこれは氷山の一角に過ぎないし、彼女に悪意があったとも思えない。しかしT.J.イングリッシュの「ハバナの夜」の同章では、あらゆる卑しい事業が行われた様が描かれている。このような合衆国人による事態に耐えかねたキューバ人が革命を支持したことは想像に難くない。
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